正解を探すと疲れます。

空気を読むのに疲れた

「嫌われてもいいや」って思うと、やりたいことがやれる。

だけどやっぱ人間って好かれたいじゃん?

嫌われたくないじゃん?

 

 

だから、「こうでなければならない」を大切にするんだよね。

空気を読むの。

空気を読むってのはつまり、みんなに合わせるってことね。

嫌われたくないからさ、空気を読むのさ。

 

で、そんな生き方になれちゃうと、「自分の内側の声を聴く」ってことがほとんどなくなる。

「どうしたい?」がなくなるんだな。

 

 

子供に「どっちがいい?」と尋ねる。

すると、「どっちでもいい」なんて返事が聞こえてくる。

「いやいや!お前はどうしたいの?」

「う〜ん、よくわかんないです」

「よくわかんないって何?自分の気持ちがわからないってこと?」

「ん〜っ。どちらを選んだ方が得ですか?」

「えっ…。損とか得とかじゃなくてさ。自分がどうしたいかでしょ」

 

こんなやりとり、よくやりました。

空気を読みなれてると、だんだん選択をしなくなる。

 

「自分がどうしたいか」

 

それが正解なのに。

自分の中での正解なのに。

 

ところがどうして。

空気を読みながら、集団の中での正解を探し出す。

嫌われないように。

嫌われないように。

 

「そろそろ昼だけど、どうする?」

「え〜っと…、なんでもいいよ」

「うん、僕もみんなに合わせるわ」

「どうしようね…」

 

なんてやりとり、よく見かけるの。

空気の読み合い。

それ、疲れるわ。

 

今はもう、正解のない時代です。

何を選んでも正解であり、不正解でもあります。

だれもが発信者になれる時代です。

「すべての考え方には賛否がある」ということが明らかになった時代なのですね。

 

賛否があることがわかっていながらも、人間は否定されるのが怖い生き物です。

だから、長いものに巻かれます。

集団の空気を読みます。

 

物事に正解がない以上、本来その正解はあなたの内側にしかありません。

でも、その内側の答えを表明すれば叩かれるかもしれません。

そんな怖れが、僕らに空気を読ませます。

 

正解を探すと疲れます。

それは内側の答えに気づきながら、その答えに気づかないフリをしているからなのです。

 

自分に嘘をつくと心から疲弊し、やがて身体に変調となって現れます。

そんな子供たちをたくさん見てきました。

 

「あなたはどうしたいのか?」

大切なことは子供も大人も同じです。

 

子育てに迷ったときに出逢いたい100の言葉

「どうすべきか」よりも「どうしたいか」