初期設定を受け入れる


ご両親は、彼を特別支援学校に入学させることに戸惑いを感じていました。

障害の中で最も重いと言われる「1種1級認定」。

とは言え、知的な部分には何の問題もありません。

コミュニケーションも図ることができます。

 

 

(なんとか普通教育を受けさせることはできないだろうか?)

 

 

そう考えたご両親は、障害者にも理解があることを謳っている私立小学校に連絡を取ります。

けれど、彼の障害を聞いて門前払い。

 

 

 

そんな失意のご両親のもとに一通の手紙が届きます。

それは地元教育委員会からの「就学時健診」のお知らせでした。

 

 

お母さんは彼を就学時健診に連れていくと、「字が書けること」「コミニケーションが図れること」を見てもらい、何度も話し合いを重ねました。

 

 

その結果、晴れて入学の許可が出たのでした。

ただし、登下校時はもちろんのこと、校内にいる間は常に家族が付き添うこと。

それが入学の条件でした。

以後、学校側の判断で送り迎えをしなくてもよくなる小学校5年生になるまで、毎日お母さんは廊下で過ごしました。

 

 

お母さんは戦いません。

ただ、現状を受け入れ、子どものためにできることをしたのでした。

その子どもの名は乙武洋匡さん。

大学在学中に執筆した『五体不満足』が大ベストセラーになりました。

 

 

両手両足がない状態で生まれてきた乙武さん。

そんな乙武さんとお母さんが対面したのは、出産から実に1ヵ月後のことでした。

それは、出産直後で体力が落ちているお母さんへのショックを和らげるための病院の配慮でした。

 

 

しかし、お母さんは乙武さんと見た瞬間、こうつぶやきます。

 

「かわいい」

 

一目で乙武さんの状態を受け入れたお母さん。

それでも、四肢のない身体を見て、

「この子は一生寝たきりの人生を送るかもしれない」

と思ったのでした。

けれど、それがスタートラインです。

 

 

寝返りを打つ。

起き上がる。

歩き出す。

文字を書く。

 

 

すべてが喜びだったと言います。

親は、ついつい子どもを比べてしまいます。

五体満足な子どもと比較すれば、子育ては苦しいものになったでしょう。

 

 

でも、お母さんは違いました。

「四肢がない」という初期設定を受け入れました。

 

 

だからでしょうか。

ご両親は彼のやることの手助けをしなかったそうなのです。

それはもう、並大抵の信頼ではありません。

 

 

そんな両親に見守られて、乙武さんはハサミが使えるようになります。

一方を左腕で支え、もう一方を口でくわえて。

紙を切ることができたときの喜びを忘れないと述懐されています。

 

 

 

子どもの才能が花開く問いかけの魔法

信じられていると感じるのは、どんなときですか?

 


【参考文献】

 

乙武洋匡 著

『自分を愛する力』

(講談社現代新書)