学校に行かなければいけませんか?

不登校

僕のブログの読者さんで多いのが、

「不登校の悩み」みたいね。

 

 

学校に行かなくなっちゃって、

「あ〜、困った困った」ってなって、

僕のブログにたどり着く。

 

 

そんなことが多いみたい。 

 

 

現役の先生だった頃から、

「学校に行かない選択」を認めようって、

書き続けてきた。 

 

 

で、こうやって書くと、

今度は「やっぱ学校ってダメですよね」的な人からもメッセージをもらう。

 

 

いやいや、

それは違うぜって言いたい。

 

 

僕は一言も「学校がダメ」なんて言ってないから。

だから、僕の講座には「現役の先生」も来る。

 

 

申し訳ないけど、

全然学校と敵対してないし。

 

 

僕は「学校に行きたい子」は学校に行けばいいし、

「行きたくない子」は行かなければいいと思っている。

 

 

その子がその子らしくあればいいんじゃないの?って思う。

 

 

学校に行かなければならない?

それって本当なの?

 

 

違うのよ。

 

 

行きたい子は行けばいいんだって。

学校はいいところだよ。

いろんな理不尽もあるさ。

でも、それが人生じゃん。

 

 

だいたいさ、

行きたくない場所に行ってる時間、

やりたくないことやってる時間、

すげ〜もったいないなって思わない?

 

 

時間は有限で、誰にだって平等だよ。

その限られたリソースを、

「やりたくないこと」に使ってる時間が、

もったいなくてたまんないわけ。 

 

 

人生のベースになるのは、基礎だよ。

基礎ってのはさ、基礎的な学習って意味じゃないよ。

 

 

人としての基礎さ。

愛されてるって感覚も大事だよね。

それから、好きを思いっきり追求した経験ってのも大事だよ。

 

 

ところがさ、僕らは小さいころから、

辛いことを我慢してやり抜くことが偉い!っていう基礎を作り続けてきたわけ。

 

 

「こうでなければならない」とか、

「こうあるべき」とか。

 

 

そういうものに囲まれて生きてきたんだ。

だからついつい思考が、そっちに寄っちゃう。

 

 

「学校に行くべき」

「子どもは我慢すべき」

 

でもさ、それって本当なの?

行きたくもない場所で我慢して過ごすことが、そんなに人生において重要なことなのかな?

 

 

学校に行きたい子は行けばいいさ。

学校、いいところだもん。

学校に行きたくない子は行かないことを選択すればいいさ。

人生は選んでいいんだもん。

 

 

仕事だって同じなんだよな。

そんなに嫌なら働き方を変えればいい。

 

 

えっ?それはできない?

そりゃそうだろうね。

だって、それはあなたが選んでいることだから。

 

 

僕は今の生き方・働き方を選んでいるし、あなたはあなたの生き方・働き方を選んでいる。

ただそれだけのこと。

みんな自分で選んでいるんだ。 

 

 

だから、「行かない」なら「行かない」でいいんだ。

言っとくけど「行けない」んじゃない。

「行かない」んだ。

それを選んでいるんだよ。

 

 

大人にできることは、その選択を認めてあげることだと思うなぁ。

僕は一貫してそう伝えているわけさ。