この世界から、悲しい子どもをなくしたいんだ!


なぜ、僕はこんなことを始めてしまうんだろう?

3歳の女の子が衰弱死した事件を覚えているだろうか。

通常15kgはあるはずの体重は、半分の8kgだった。

やせ細った身体からは、アルミ箔やロウソクのロウ、玉ねぎの皮などが見つかった。

 

 

 

そのとき、僕は上海にいた。

僕の膝の上には、3歳になる次男が眠っていた。

 

 

その寝顔はいかにも心地よさそうで。

僕はなんだか胸がいっぱいになって、涙がこぼれた。

 

 

そのニュースはスマホの画面の上で起こっていることで。

言い換えれば、対岸の火事であり。

無関係といえば無関係で。

 

 

 

どうせみんな忘れてしまうような小さな事件だ。

小さな命は失われ、いっとき大人たちは怒りを感じ、怒りを表現し。

そして、忘れていく。

 

 

そんな事件が山ほどある。

子どもたちの自殺も。

子どもたちの虐待も。

大人たちはすぐに忘れてしまう。

 

 

僕だってそうだ。

僕だって、そんな大人のひとりなんだ。

 

 

 

その虐待のニュースを見たとき、僕の心はざわめいた。

僕の胸には悲しみだけが沸いてきた。

「怒り」ではなく「悲しみ」。

 

 

22歳の義父と19歳の母親は後に逮捕されることになった。

当然、世間の目は彼らを厳しく批判した。

 

 

だが、それで本当に児童虐待はなくなるのだろうか?

対岸から自分は何もリスクを犯さぬまま、批判だけを繰り返す大人に僕はなりたくない。

 

 

心が幼いまま大人になり、親になってしまった彼らを、ただ批判するだけでは、子どもたちの命を救うことはできないのだ。

加害者と被害者は、裏表の存在だと僕は考えている。

 

 

僕は学校現場で、生徒指導の最前線で身体を張ってきた。

たくさんの児童虐待の事件とも向き合ってきた。

 

 

親を責めるだけでは何も解決しない。

正義の反対は「別の正義」である。

 

 

「あなたのやっていることは間違っている」

 

 

そう糾弾することでは、だれも救えないことを身をもって味わってきた。

だれもが子育てに迷っていて、自分のことで精一杯なんだ。

だからもう、僕らにできることは寄り添うことしかなかったんだ。

 

 

 

行動する大人が世界を動かすんだ

僕が「学校の先生」を辞めようと決意したのは、その虐待のニュースを見たときだった。

僕の手の届く範囲には限界がある。

僕が手を伸ばして届くのは、僕の学級の子どもたちだけだった。

 

 

隣のクラスで苦しんでいる子どもがいても、なかなか手を差し伸べることは難しい。

圧倒的に生徒指導が長けている教員だと認識されて、はじめて隣の学級まで手を差し伸べられる。

学校なんて、そんなもんだ。

 

 

やがて、僕は生徒指導主事になり、学校全体の子どもたちに手を伸ばせるようになった。

でも、やっぱり隣の学校の子どもには手を伸ばすことができなかった。

子どもたちの自殺のニュースを見るたびに、彼が、彼女が僕の生徒だったら…そんなことばかり考えていた。

 

 

「学校の先生」という肩書きがあっては限界がある。

僕は、僕のできることをしたい。

だから、「公務員」という肩書きを捨てた。

 

 

「公務員」という安定と引き換えに、僕は「自由」を手に入れた。

僕は今、「やりたいこと」を形にする「自由」を手に入れたんだ。

 

 

 

そうそう、昨年は映画の上映会を開催したんだ。

 

 

映画は「うまれる」「ずっと、いっしょ。」。

9月1日は思春期の子どもがもっとも自殺をする日だと言う。

だから、その日を前に夏休みに映画上映会ツアーをしたのだ。

映画『うまれる』『うまれる ずっと、いっしょ。』上映会

 

本当は1会場だけでやるつもりだった。

でも、クラウドファンディングでたくさんの資金が集まり、県内8会場をツアーして回った。

のべ1000人近い方に映画を見ていただくことができた。

 

 

クラウドファンディングって、すごいなぁと思う。

クラウドファンディングって、重いなぁと思う。

みんなの思いが集まると、すげ〜パワーになるんだ。

 

 

人間ひとりの力なんて、とてもちっぽけで。

だから、みんなを救おうだなんて、エゴ中のエゴで。

「あんたの自己満足だ!」と言われれば、返す言葉もない。

 

 

それでも僕は「やる」と決めた。

こんなのエゴだよ。

俺がやりたいからやるんだ!

それでいい。

 

 

何も生み出さない「批判する人たち」の声など怖くはない。

「やりたいからやる」

ただ、それだけなんだ。

 

 

そしたら、たくさんの仲間が助けてくれた。

この世界を変えるのは、圧倒的な熱量なのだ。

 

 

 

『子育て万博2019inあいち』、やります!

そして、今度は5月12日

『子育て万博2019inあいち』というイベントをやる。

やると決めたらやる。

やりたいからやる!

 

 

2018年に続いて2回目の開催だ。

 

 

子育てで悩んでいる人や、子育てに苦しんでいる人がたくさんいる。

僕はそういったお母さんやお父さんに届けたいと思っている。

 

 

あの事件で逮捕された22歳の義父と19の母親が、このイベントに来てくれていたら。

もしかしたら、救えた命があったかもしれない。

そんな意識で、僕はイベントの準備を進めている。

 

 

あの事件を起こした夫婦を救えたら、きっとその子どもの命も救えたんだ。

僕はそんなことを真面目に考えている。

 

 

批判からは何も生まれない。

創造することからすべては始まるんだよ。

 

 

「お母さんを孤独にするな」

 

 

これは僕が生徒指導担当として保護者と接するうえで一番大切にしたことだった。

子育ては、ときに一人で抱え込みがちだ。

 

 

どうしても他の子どもと比べてしまう。

我が子を責めてしまう。

自分自身を責めてしまう。

そんなところが多分にある。

 

 

あのころの僕には救えなかった命。

だけど、もしかしたら今の僕なら救える命が一つぐらいあるかもしれない。

だから、やる。

ただそれだけだ。

 

 

 

ぜんぶ、僕のわがままなんだ!

こんな大きなイベントだから、一人じゃできない。

今、仲間を募り、いっしょに進めている。

 

 

一人ひとりにお声がけをし、理念を伝え、いっしょに作りあげている。

一人じゃできないことも、みんなとなら乗り越えられる。

 

 

あのころの僕と違うのは、ひとりじゃないってことだ。

あのころと志はなにも変わらないけれど、今はひとりじゃない。

それだけのことだ。

 

 

そんな僕を見て、プロジェクトチームのあやりんが、こう表現してくれた。

僕はこの歌みたいな人間なんだそうだ。

 

 

 

さっきとても素敵なものを

拾って僕は喜んでいた

 

ふと気がついて横に目をやると

誰かがいるのに気づいた

 

その人はさっき僕が拾った

素敵なものを今の僕以上に

必要としている人だと

いうことがわかった

 

惜しいような気もしたけど

僕はそれをあげることにした

 

きっとまたこの先探していれば

もっと素敵なものが見つかるだろう

その人は何度もありがとうと

嬉しそうに僕に笑ってくれた

 

『僕が一番欲しかったもの』

作詞作曲:槇原敬之

 

 

そんなカッコいいものじゃないよ、と思う。

僕はただやりたいから、やっているんだ。

そして、プロジェクトチームのみんなをそれに巻き込んだだけだ。

家族を巻き込んだだけだ。

 

 

こんなのエゴだよ。

まったくもってエゴだ。

 

 

それでも、僕はこのイベントをやりたい。

大変なことはわかってる。

でも、やりたい!

 

 

だから、みんなに「助けて!」って言ったんだ。

だから今、僕には「ごめんね」と「ありがとう」しかないわけで。

 

そして。

 

 

そして。

 

 

この歌は最後にこう続く。

 

結局僕はそんなことを何度も繰り返し

最後には何も見つけられないまま

ここまで来た道を振り返ってみたら

 

僕のあげたものでたくさんの

人が幸せそうに笑っていて

それを見たときの気持ちが僕の

探していたものだとわかった

 

今までで一番素敵なものを

僕はとうとう拾うことができた

 

『僕が一番欲しかったもの』

作詞作曲:槇原敬之

 

読んでて涙がこぼれてきた。

とめどなく涙が流れるのはなぜだろう?

 

 

「そんなカッコいいもんじゃね〜よ」ってつぶやいてみる。

大きなイベントを前にすると、やっぱり怖い。

怖いからこそ、僕はやるんだ!

 

 

 

 

終わりなき旅の途中

いったい、何を探しているんだろう?

僕はその答えをもう知っていて、でもまだ知らなくて。

 

 

「終わったとき、どうなっていたら最高ですか?」と自分に問いかけたら、プロジェクトチームのメンバーも参加者も、みんなが笑っていてくれたら最高で。

その先にいる子どもたちが笑っていてくれたらもっと最高で。

 

 

でも、きっとそれはゴールじゃなくて。

それはまた次への始まりで。

これはもう「終わりなき旅」なんだけど。

 

 

虐待なんてなかった時代があったんだよ。

子どもが自殺するなんてなかった時代があったんだよ。

 

 

日本がいつのまにか、息苦しい国になっちまった。

だから、ただ取り戻すだけ。

忘れていることを思い出すだけ。

 

 

僕は今、そんなことを考えている。

 

 

そうだ。

あの虐待のニュースを見たとき、こうつぶやいたんだったな。

 

 

「ごめんね」

 

 

あれはなんだったのだろう。

自然と湧き出てきた言葉は「ごめんね」だった。

 

 

「こんな大人でごめんね」なのか、

「こんな日本でごめんね」なのか。

「俺、なにもできなくてごめんね」なのかはわからないけれど。

 

 

僕はただ目立ちたいだけではない。

有名になりたいわけでもない。

大きなイベントを動かして、「俺、すごいだろ!」なんて言うつもりもない。

 

 

そんなことはどうでもいい。

大切なことは、子どもたちをハッピーにすること。

僕は「学校の先生」を辞めたけれど、これからも教育者として生きていく!

 

 

だから、僕はやる。

これは生き方。

ただ、それだけ。

 

『子育て万博2019』はこちら

 

くればやし ひろあき

人間関係研究家 社会起業家

公立中学校の先生を16年間勤めて独立。その経験を生かしたリレーションシップ講座を全国で開催。関係性を整えることで子どもの能力を最大限に引き出す方法を伝えている。
北は北海道から南は沖縄まで、精力的に講演活動を行うほか、STR(素質適応理論)を用いた個人セッションが人気で現在2ヶ月待ちである。

また、「幸せなお母さんが増えることが幸せな子どもたちにつながる」と考え、お母さんのための学び場『precious life college』を妻とともに主宰。現在は4期目。

子どもの自殺を問題視し、2016年にはクラウドファンディングを成功させ県内8会場映画上映ツアーを敢行。2017年より刈谷市の自殺対策計画策定委員を務める。2017年には児童虐待に着目し、「子育て万博2018inあいち」を主催、「子どもとつながるしつもんカレンダー」をリリースするなど、社会起業家としても活躍している。

3児の父でもある。