悪者を見つけて徹底的に叩く社会ほど薄気味悪いものはない。


先日、芸能界の引退を発表した女性タレントがいた。

詳しくは知らない。

ワイドショーを騒がせるようなネタがいくつもあったようだ。

 

 

それでも思う。

才能ある人が、その才能が開花せぬまま、枯れてしまう。

そのことがただただ悲しい。

 

 

この社会はひとつの落ち度を見つけると徹底的に叩く社会である。

そのことがただただ悲しいのだ。

 

 

良くないことはいろいろあったのかもしれない。

叩きたくな気持ちだって、わからなくはない。

 

 

だが、そうであっても、である。

悪者を見つけて、よってたかって叩く、叩く、叩く。

この空気感が僕は嫌いだ。

 

 

先日、Twitterを眺めていたら、ある韓国籍の女性のツイートが目に飛び込んできた。

日本で生まれ、日本で育ち、日本の学校で学んだ。

日本の友と過ごし、そして、これからも日本で暮らしていく。

だけど、私には投票権がない。

そんな内容だった。

 

 

僕はそのツイートに対する返信(リプ)に驚いた。

「日本人じゃないんだから文句を言うな!」

そんな言葉が並んでいた。

 

 

確かに正論である。

 

 

「日本人だって、韓国に住んでいても、韓国の投票権はないぞ」ともあった。

 

確かに正論である。

 

 

だが、考えてほしい。

彼女は文句を言いたかったのだろうか?

 

 

東京都知事選挙の投票率は55%。

半分の人しか行っていない。

そのことに対する問題定義かもしれない。

 

 

日本で生まれ、日本で育ち、日本の学校で学んだ。

そして、これからも日本で暮らしていく。

そんな自分だけど、投票権のない自分。

そんな自分の存在そのものに対する不安かもしれない。

 

 

少なくとも僕にはそのツイートが、「日本はどうなってるんだ?」という問題提起には見えなかった。

攻撃性は感じなかった。

 

 

ただ、つぶやいた。

そう、彼女はただつぶやいただけなのだ。

 

 

それに対して、一斉に攻撃が始まった。

何百も何千も。

みんながよってたかって。

薄気味悪い社会だ。

 

 

この社会は、木村花さんの事件から何も学んでいない。

自分のことを「正義」だと信じ、正論という石ころをぶつけ続けている。

 

 

行間を読もうとはしない。

書き手の心情を推し量ろうとはしない。

字面だけで解釈をし、多数で一方的に叩き続ける。

 

 

 

なんて気持ち悪い社会だ。

 

 

それでも、ときおり、僕のような感じ方をする人がいて、好意的な言葉を残す人がいた。

しかし、今度はその人に対する攻撃が始まっていた。

それで僕は静かにツイッターを閉じた。

 

 

Facebookではあまり起こらない現象である。

Twitterを閉じて、何もつぶやかなかった僕もまた、ただの傍観者である。

そんな自分にすら嫌悪感を感じる。

 

 

さて、先の女性タレントの話に戻そう。

 

□1 □1 □4 D21

 

見守られた環境でこそ力を発揮するのが□1である。

まして、「灯」の人。

なにより応援が力になる。

 

 

僕はこれまでたくさんの子どもたちに出会ってきた。

問題行動を起こす子はいる。

だが、悪い子は一人もいない。

そう信じている。

 

 

罪を憎んで人を憎まず。

そんな気持ちで、ニュースとは向き合いたい。

 

 

関わり方ひとつで、人はいつだって変われる。

徹底的に叩き、否定し、傷つけることで良き方向に人を導くことなど不可能である。

 

 

その人を良き方向に導くのは、いつだって愛である。

慈しむ心、寛容なる心を持って人と接したい。 

 

くればやし ひろあき

公立中学校で16年間3000人以上の子どもたちと出会ってきた思春期の子どもの専門家としてメルマガ配信。当初、学校の先生に向けて発信したが、先生たちには見向きもされず。なぜかお母さんたちの心を掴んでしまい、北は北海道から南は沖縄まで全国各地に呼ばれるようになる。個人セッションをスタートすると、お母さんたちで行列ができる。
気がつけば、幼保小のPTAや高校生、なぜかシルバー人材センターまで、いろんなところに呼ばれる講演家に。
「お母さんとお母さんをつなぐ」をコンセプトに『子育て万博』を主催。妻とともにお母さんコミュニティー『プレシャス』を主宰し、名古屋にてお母さんのための寺子屋『ラブリー』を開校。
また、STRインストラクターとして年間350名が入門講座を受講。その上位講座である門下生養成プログラムは全国16都道府県から参加し、3日で満員御礼となる。
365日、子育てからパートナーシップまで、人妻たちの悩みに寄り添う生活を続けている。
妻と3人の子どもの5人家族。1978年生まれ。出身地名古屋。