子どものころの話をしよう…

開けたくない扉の向こうに

幼いころの記憶。

僕は幼稚園時代の記憶がほとんどない。

みんなそんなものなのだろうか?

 

 

母の運転する自転車に乗せられ、母の実家に連れていかれる記憶だけが残っている。

夫婦げんか。

そして、家を出る。

 

ケンカのシーンも、仲直りのシーンも記憶になくて。

僕には母親の背中と、自転車の荷台から伝わるお尻の痛みしか覚えていない。

 

 

記憶に残っているのは、夜な夜な家を出ていくシーンだけだ。

 

 

ふと、そんなことを書いたのは、先日インターネットラジオ『ゆめのたね』に出演した際、パーソナリティーの甲斐叶子さんとお話していたときのことだ。

 

さりげなく宣伝しておく。

 

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僕のパッションは、「子どもたちをハッピーにしたい」だ。

「子育て」や「教育」、「家庭」「パートナーシップ」がテーマだと思う。

そんな話を打ち合わせでしていたとき、幼い日の記憶を尋ねられた。

 

 

僕は開けたくない箱の扉を開けてみることにした。

なぜだか両親の夫婦げんかのあと、保育園の荷物をもち、自転車に乗せられ実家に連れられていく映像だけが記憶に残っている。

 

 

だが、夫婦げんかの部分はきれいに切り取られている。

そして、どうやって帰ったかも記憶にない。

 

 

それから、もう今は亡き祖母の部屋で一人、テレビアニメを見ている記憶。

保育園の友達が帰宅したあとも、保育園に一人残って遊んでいた記憶。

 

 

おかしい…。

幼い日の記憶がどうも暗い。

なんだか孤独な映像ばかりが浮かんでくる。

 

 

唯一の明るい記憶。

それは休日。

朝、両親に挟まれた布団の上でゴロゴロしている。

なんとなく離れたくない。

そんなシーンが思い浮かぶ。

 

 

愛されて育ってきたと思う。

「あなたほど、両親に愛されて育ってきた人はいない」と妻は言う。

 

 

だから、どうということはないのだけれど…。

 

家庭で子どもたちにとって、安らげる場所であってほしい。

教室が子どもたちにとって、安らげる場所であってほしい。

 

ただそれだけを願う。

僕のパッションが、「子どもたちのハッピー」にあるのは、そんな子ども時代があるからかもしれない。

 

 

創造的な人生を生きるためのしつもん

開けたくない扉の向こうに、何がありそうですか?

 

くればやし ひろあき

・株式会社ミナクル組織研究所 代表取締役

・フォロワー10万人の教育系TikTokクリエイター「くれちゃん先生」として人間関係や教育についての動画を配信

・1978年、愛知県生まれ。16年間公立中学校の教員として3,000人以上の子どもたちを指導。名古屋市内で最も荒れた中学校で生徒指導の責任者を務め、その後、文部科学省から上海に派遣され、当時世界最大の日本人学校であった上海日本人学校の生徒指導部長を務める。

・2018年~2019年 100人のボランティアスタッフをマネジメントして『子育て万博』を主催。

・2021年~2024年 パリコレクションのキッズ部門を日本に誘致して開催された『Japan Kids Fashion Week』において、全体計画及びキッズモデル・ボランティアスタッフのマネジメントを担当。

・経済産業省の事業再構築事業として人材分析システムCrewDocks®︎を開発。企業研修など精力的に活動中。