なぜあの人は素直なのか ──人が育つ人がやっている、脳の安全設計
なぜあの人は素直なのか──それは性格ではない
「素直な人がいいよね」
そんな言葉を、これまで何度も聞いてきました。
ただ、そのたびに、僕の中には小さな違和感が残ります。
その「素直」って、どういう状態のことだろうか、と。
ある人は言います。
「言うことを聞く人が素直だ」と。
またある人は言います。
「反論しない人」「逆らわない人」が素直だと。
でも、僕は長く人を見てきて、
それは少し違うのではないか、と感じています。
僕が出会ってきた本当に素直な人たちは、
決して従順な人たちではありませんでした。
むしろその逆で、
自分の考えをしっかり持っている人が多かった。
意見がないわけではない。
考えていないわけでもない。
必要であれば「それは違う」とも言える。
それでも、人の話をきちんと聞ける。
一度、受け取ることができる。
自分の考えを揺らす余白を残している。
一方で、
一見すると大人しく、従順そうに見えるのに、
内側では強く反発している人もいます。
表では「はい」と言う。
でも、心の中では納得していない。
だから行動も変わらない。
僕は、この状態を「素直」だとは思いません。
ここで、とても大事な事実があります。
人は、同じ人でも、
素直になるときと、頑なになるときがある。
ある人の前では柔らかいのに、
別の人の前では急に構えてしまう。
家では頑ななのに、
外では不思議と話が通じる。
もし素直さが性格なら、
こんな現象は起きないはずです。
この時点で、
素直さは性格ではない、ということが見えてきます。
僕は、素直さをこう定義しています。
素直さとは、
自分を守るために構えなくていい状態のこと。
攻撃されない。
否定されない。
ここにいても大丈夫。
脳がそう判断しているとき、
人は自然と話を聞けるようになります。
反論する前に、一度受け取れる。
感情よりも思考が前に出てくる。
考え直す余白が生まれる。
逆に、
脳が「危険かもしれない」と感じているとき、
人は素直になれません。
これは意志の問題ではありません。
努力の問題でもありません。
防衛が働いているだけです。
だから、
素直になれない人は、
反抗しているわけでも、ひねくれているわけでもない。
何かを守ろうとしているだけかもしれない。
過去に否定された経験。
責められた記憶。
恥をかいた瞬間。
そういったものが、
「ここは安全じゃない」と
脳に教えてしまっている。
だから構える。
だから聞けない。
だから反射的に拒否する。
それだけの話です。
ここまで来ると、
はっきり言えることがあります。
素直さは、生まれつきではありません。
才能でもありません。
ましてや、「いい子」であることでもない。
素直さは、状態です。
脳が安全だと判断しているかどうか。
それだけで、人の反応は大きく変わります。
だからこそ、
誰かを「素直じゃない」と決めつける前に、
一度、問い直してみてほしい。
この人は、
今、安心できているだろうか。
最後に、
この連載の土台になる一文を置いておきます。
素直さは、生まれつきではない。
脳が安全だと判断しているかどうかだ。
次回は、
人が素直になれなくなるとき、
脳の中で何が起きているのか。
防衛の正体を、もう少し深く見ていきます。
人はなぜ素直になれないのか──防衛が始まる瞬間
「どうして、そんな言い方になるんだろう」
「素直に聞けばいいのに」
人と関わっていると、
つい、そんなふうに思ってしまう場面があります。
アドバイスをしただけなのに、
言い訳が返ってくる。
指摘をしただけなのに、
急に不機嫌になる。
何も言わず、黙り込んでしまう。
でも、ここで一度、立ち止まって考えてみてほしいのです。
人は、本当に「聞いていない」のでしょうか。
それとも、別のことが起きているのでしょうか。
脳の仕組みから見ると、
この場面で起きているのは、
理解の拒否ではありません。
防衛の起動です。
人の脳は、
自分への評価にとても敏感です。
とくに、
「指摘」「注意」「アドバイス」という形をした言葉は、
内容以上に、こう翻訳されやすい。
「否定されたかもしれない」
「ダメだと言われたかもしれない」
「価値が下がったかもしれない」
ここで重要なのは、
それが事実かどうかではありません。
脳が、そう感じたかどうかです。
脳が「危険かもしれない」と判断すると、
扁桃体が優位になります。
扁桃体は、
生き残るための警報装置です。
理屈よりも早く、
「守れ」「逃げろ」「戦え」と指示を出します。
この状態になると、
前頭前野の働きは弱まります。
つまり、
冷静に考える
一度受け取る
相手の意図を推測する
といったことが、
物理的に難しくなる。
その結果として現れる行動が、
反論
言い訳
話題を変える
黙り込む
です。
これらは、性格ではありません。
態度の問題でもありません。
防衛反応の表現です。
たとえば、反論。
これは「言い返している」のではありません。
「自分は間違っていない」と必死に守っている状態です。
言い訳。
これは誤魔化しではありません。
「全部が否定されたわけじゃない」と
自分の居場所を確保しようとしている。
黙り込む。
これは無関心ではありません。
これ以上傷つかないように、
刺激を遮断しているだけです。
つまり、
素直になれないとき、人は、
聞かない、のではなく
聞けない、のでもなく
守っているのです。
ここで、
一つはっきりさせておきたいことがあります。
この防衛反応は、
弱い人にだけ起きるものではありません。
むしろ、
責任感が強い人ほど、
真面目な人ほど、
起きやすい。
「ちゃんとやらなきゃ」
「期待に応えなきゃ」
そう思っている人ほど、
評価に敏感になります。
評価に敏感になると、
否定への恐れも強くなる。
結果として、
防衛が早く立ち上がる。
だから、
素直になれない人を見たとき、
「扱いづらい人だ」と切り捨てるのは、
あまりにも早い。
その人は今、
必死で自分を守っているだけかもしれない。
ここで、
リーダーや親、指導する立場の人に、
一つ大切な視点を置いておきたいと思います。
相手が反論してきたとき、
言い訳を始めたとき、
黙ってしまったとき。
その瞬間、
相手の脳は「学習モード」ではありません。
「生存モード」です。
この状態で、
どれだけ正しいことを言っても、
どれだけ丁寧に説明しても、
言葉は届きません。
まず必要なのは、
安心です。
素直さは、
説得では引き出せない。
納得でもない。
安全が先。
理解は後。
最後に、
今日、心に残しておいてほしい一文を置きます。
素直になれないのは、反抗しているからではない。
傷つかないように、必死なだけだ。
次回は、
なぜ人によって
「優しくなれる相手」と
「構えてしまう相手」が分かれるのか。
素直さの“向き”が変わる理由を、
もう一段深く見ていきます。
素直な人は、自分を守る必要がない
前回、
人が素直になれないとき、
それは反抗ではなく「防衛」だという話をしました。
では逆に、
素直な人の脳では、何が起きているのでしょうか。
素直な人は、
我慢強いわけでも、
言われたことを鵜呑みにしているわけでもありません。
彼らに共通しているのは、
自分を守る必要がない状態にいる
ということです。
ここで出てくるのが、
自己肯定感という言葉です。
ただし、
よくある誤解があります。
自己肯定感が高い人とは、
「自信満々な人」でも
「ポジティブな人」でもありません。
自己肯定感が安定している人とは、
こういう状態の人です。
「自分の価値は、
今この瞬間の評価で決まらない」
脳が、そう理解している人。
だから、
指摘されても、
注意されても、
否定的な言葉を向けられても。
一瞬はザワッとしても、
すぐに致命傷にはならない。
なぜなら、
その人の中に、
こうした土台があるからです。
「それで、私は消えない」
「それでも、私はここにいていい」
この土台があると、
脳の反応が変わります。
指摘を受けたとき、
扁桃体が過剰に反応しない。
防衛よりも先に、
前頭前野が働く。
すると、
言葉をこう処理できるようになります。
「これは、人格の否定ではない」
「これは、情報だ」
「使えるかどうかを考えればいい」
ここが、
素直な人と、そうでない人の
大きな分かれ目です。
素直な人は、
言われたことをそのまま信じているわけではありません。
一度、受け取っているだけです。
評価する前に、
拒否する前に、
まずテーブルに載せる。
そして、
要らないものは要らないと判断できる。
ここが重要です。
防衛が弱い人=弱い人
ではありません。
むしろ逆です。
防衛が強すぎる人ほど、
実は不安定です。
一つの言葉で揺らぐ。
一つの評価で崩れる。
だから、
常に構え続けなければならない。
一方、
自己肯定感が安定している人は、
防衛を張り続ける必要がない。
力を抜いていられる。
だから、
話を聞ける。
修正できる。
変われる。
ここで、
とても大切なことを言います。
素直な人は、
「否定されない人」ではありません。
むしろ、
否定されることも、普通にあります。
それでも折れない。
なぜなら、
否定=自分の価値の消失
ではないから。
この感覚を、
脳が理解している。
それだけで、
人の反応は劇的に変わります。
素直さは、
謙虚さの問題ではありません。
勇気でもありません。
安全感の問題です。
最後に、
今日の一文を置いておきます。
素直な人は、否定されても問題ない。
次回は、
なぜ人によって
「素直になれる相手」と
「一気に構えてしまう相手」がいるのか。
素直さの“向き”が変わる理由を、
関係性の視点から見ていきます。
素直さは「従うこと」ではない──一度受け取れる力
「素直になりなさい」
この言葉に、
どこか引っかかりを覚えたことはありませんか。
言われた通りにしろ、
反論するな、
黙って従え。
そんなニュアンスを、
感じ取ってしまう人も少なくないと思います。
だから多くの人が、
素直になることを、
どこかで拒んでいます。
「従順になるくらいなら、
頑固でいた方がマシだ」
そんなふうに、
無意識に構えてしまう。
でも、ここで一度、
はっきりさせておきたいことがあります。
素直と従順は、まったく別物です。
従順とは、
考えずに従うこと。
相手の言葉を、
そのまま飲み込むこと。
自分の判断を手放すこと。
一方、
素直とは何か。
それは、
一度、受け取ることができる力です。
素直な人は、
言われたことをすぐに実行しているように見えます。
でも実際には、
こんなプロセスを踏んでいます。
一度、受け取る
↓
考える
↓
自分で選び直す
この「間」がある。
だからこそ、
素直な人は折れない。
反射的に拒否しない。
感情で跳ね返さない。
でも、言いなりにもならない。
ここが、
素直さの本質です。
多くの人は、
「NOが言えない人=素直」
だと思っています。
でも、実際は逆です。
素直な人ほど、
ちゃんとNOが言えます。
なぜなら、
一度受け取った上で、
選び直しているから。
「それは今回は違うと思います」
「今の自分には合わないですね」
「そのやり方はやりません」
こうした言葉を、
冷静に言える。
反対に、
素直になれない人ほど、
NOが言えません。
なぜなら、
受け取る前に拒否しているから。
防衛が先に立つと、
脳はこう反応します。
「否定された」
「支配されそうだ」
「自分を守らなきゃ」
この状態では、
考える余白がありません。
拒否するか、
黙り込むか、
形だけ従うか。
どれも、
自分で選んでいるようで、
実は選べていない状態です。
素直な人の脳には、
余白があります。
一拍、置ける。
「そういう考え方もあるんだな」
「一回、聞いてみよう」
「その上で決めよう」
この一拍が、
人生を分けます。
ここで、
とても大切な視点があります。
素直さとは、
自分を弱くする力ではありません。
むしろ、
自分を守る力です。
感情に流されず、
反射で拒否せず、
自分の意思で選び直す。
これは、
高度な脳の使い方です。
だから、
素直な人は折れない。
迎合もしない。
ただ、
落ち着いている。
最後に、
今日の一文を置いておきます。
素直とは、考える前に否定しないことだ。
次回は、
なぜ人は
「この人には素直になれるのに、
あの人にはどうしても構えてしまうのか」
素直さが“人によって変わる理由”を、
関係性と脳の安全評価の視点から見ていきます。
素直な人が成長し続ける科学的理由
「素直な人は伸びる」
これは昔から、
教育や現場でよく言われてきた言葉です。
でも、この言葉はどこか精神論的で、
「素直になりなさい」という
指導側の都合のいい言葉にも聞こえてしまいます。
けれど実は、
ここにはかなりはっきりした
脳科学的な理由があります。
素直な人が成長し続ける理由は、
努力量の違いではありません。
才能の差でもありません。
決定的な違いは、
フィードバックが“学習”として処理されるかどうか
この一点です。
人が成長するために必要なのは、
「正しい行動」ではありません。
「修正された行動」です。
うまくいかなかった点に気づき、
やり方を少し変え、
また試す。
このループが回るかどうかで、
人は伸びるか、止まるかが決まります。
ここで問題になるのが、
フィードバックを受け取ったときの
脳の反応です。
防衛が強く働く人は、
指摘や助言をこう処理します。
「否定された」
「評価が下がった」
「自分はダメだと言われた」
この瞬間、
学習は止まります。
脳は「理解」ではなく、
「防衛」にエネルギーを使い始めるからです。
一方、
素直な人の脳では、
同じフィードバックが
まったく違う処理をされます。
「なるほど、そういう見方もある」
「次はここを変えればいいのか」
「これは情報だ」
感情よりも先に、
情報として受け取れる。
これが、
成長し続ける人の脳の状態です。
行動が変わる人と、
変わらない人の分岐点は、
実はここにあります。
「分かっているけど、できない」
この状態が続く人は、
フィードバックを
“自分への評価”として受け取っています。
評価として受け取ると、
人は守りに入ります。
言い訳が出る。
理由を探す。
「でも」「だって」が増える。
結果として、
行動は変わらない。
一方、
行動が変わる人は、
フィードバックを
“現実の情報”として受け取ります。
うまくいった。
うまくいかなかった。
それだけ。
良い・悪いではなく、
事実として扱う。
だから、
次の一手を打てる。
ここで、
三日坊主の話をしましょう。
三日坊主になる人は、
意志が弱いわけではありません。
多くの場合、
最初の失敗で
「自分は向いていない」
と結論づけてしまう。
これは、
失敗を“自己評価”に変換している状態です。
すると脳は、
これ以上傷つかないように
行動そのものを止めます。
三日坊主にならない人は、
違います。
失敗しても、
こう処理します。
「今日はできなかった」
「じゃあ、次はどうする?」
ここに、
人格の否定はありません。
だから続く。
続くから、
結果が出る。
結果が出るから、
さらに現実を受け取れる。
この循環に入ると、
人は自然に成長し続けます。
無理に自分を奮い立たす必要もない。
最後に、
今日の一文を置いておきます。
変われる人は、強い人ではない。
現実をそのまま受け取れる人だ。
次回は、
なぜ人は
「この人の言葉なら素直に聞ける」のに、
「別の人の言葉には構えてしまう」のか。
素直さが“関係性によって変わる理由”を、
信頼と脳の安全評価の視点から掘り下げていきます。
素直さは環境で決まる──人は場で変わる
同じ人なのに、
ある場所では素直で、
別の場所では頑なになる。
こんな光景を、
あなたも何度も見てきたはずです。
家庭では反抗的なのに、
学校ではおとなしい子。
会議では黙っているのに、
飲み会では本音を話す部下。
特定の上司の前では委縮するのに、
別の上司の前ではよく意見を言う社員。
ここで、
よくある誤解があります。
「あの人は、素直じゃない人だ」
「あの子は、ひねくれている」
「この部下は、扱いにくい」
でも、
これは人の問題ではありません。
場の問題です。
人は、
「性格」で振る舞っているのではなく、
「その場で安全かどうか」で振る舞っています。
脳は常に、
こんな問いを投げかけています。
ここで本音を言っても大丈夫か。
間違えても責められないか。
否定されないか。
価値を奪われないか。
この問いに
「YES」が出る場では、
人は自然と素直になります。
逆に、
責められる環境ではどうなるか。
指摘されるたびに、
人格まで否定される。
ミスをすると、
原因よりも犯人探しが始まる。
「なんでできないんだ」
「前も言ったよね」
こうした言葉が飛び交う場では、
人は学習しません。
守りに入ります。
守りに入った脳は、
素直になる余地を失います。
言われたことを
そのまま受け取るのではなく、
「どう反論しようか」
「どうやって自分を守ろうか」
この処理で
頭がいっぱいになるからです。
結果として、
頑なに見える。
でもそれは、
閉じているだけです。
一方で、
安心がある場では、
驚くほど人は変わります。
失敗しても、
「じゃあ次どうする?」
と言ってもらえる。
意見を言っても、
「そういう考えもあるね」
と一度受け取ってもらえる。
ここでは、
防衛が起きません。
防衛が起きないと、
脳はようやく
情報を情報として扱えます。
指摘は攻撃ではなく、
ヒントになる。
助言は支配ではなく、
選択肢になる。
この状態で初めて、
人は自分で考え、
行動を変え始めます。
だから、
素直さは「育てるもの」でも
「教えるもの」でもありません。
設計するものです。
教育の現場でも、
組織でも、
家庭でも同じです。
「もっと素直になれ」
と言う前に、
この場は、
素直になれる空気だろうか。
失敗しても、
居場所は残っているだろうか。
意見を言っても、
人格は守られるだろうか。
人を変えようとするほど、
人は変わりません。
でも、
場を変えると、
人は勝手に変わります。
これは、
僕が教師として、
組織をつくる側として、
ずっと見てきた現実です。
人を疑い、
人を責め、
人を締め上げて
成果を出そうとする組織ほど、
人は固くなっていく。
逆に、
人間に過剰な期待をせず、
ミスが起きる前提で仕組みをつくり、
失敗しても学びに変えられる場では、
人は自然と素直になります。
最後に、
今日の一文を置いておきます。
人を変えようとする前に、
人が素直になれる場を設計せよ。
次回は、
「それでも素直になれない人がいるのはなぜか」
というテーマに進みます。
場が整っても、
それでも閉じてしまう人の脳で、
何が起きているのか。
そして、
その人とどう関わればいいのか。
素直さの5段階──あなたは今どこにいるか
「自分は素直な人間だろうか」
この問いに、
即答できる人はあまりいません。
なぜなら、
素直さは“ある・ない”で語れるものではないからです。
人はみんな、
同じ一日を通しても、
素直だったり、
頑なだったりします。
ここで、
素直さを5つの段階で整理してみます。
これは評価でも、
成長の順番でもありません。
いま、どの状態にいるかを
確認するための地図です。
① 否定から入る
何か言われた瞬間、
「いや、それは違う」
「でも」「だって」
頭より先に、
身体が反応します。
この段階では、
内容を聞く前に
自分を守ることで精一杯です。
疲れているとき、
追い込まれているときに
誰でも入りやすい状態です。
② 反論してから聞く
一度は反論するけれど、
そのあとで
「まあ、言いたいことはわかる」
完全には閉じていない。
でも、
防衛が先に立つため、
情報が歪んで入ってきます。
③ 受け取れるが苦しい
内容は理解できる。
正論だとも思う。
でも、
心がザワザワする。
自己価値が
少し揺れる感覚があります。
この段階にいる人は、
実はとても真面目です。
④ 受け取って選べる
一度そのまま受け取り、
「で、自分はどうするか」
を考えられる状態。
従う必要もない。
反発する必要もない。
判断の主導権が
自分の手に戻っています。
⑤ フィードバックが楽しみになる
指摘や助言を、
「情報」や「材料」として
歓迎できる状態。
ここまで来ると、
素直さは努力ではなく、
習慣になります。
ここで、
とても大事なことがあります。
この段階に、優劣はありません。
昨日は④だったのに、
今日は②。
午前中は⑤だったのに、
夕方は①。
これは、
まったく普通のことです。
素直さは、
人格でも能力でもなく、
その日のコンディションだからです。
眠れていない。
不安がある。
余裕がない。
責任を背負っている。
そういう日は、
誰でも下がります。
だから、
「自分はまだ②だ」
と落ち込む必要はありません。
大切なのは、
気づけているかどうかです。
「今日は②だな」
「今は③で苦しいな」
そう認識できている時点で、
もう防衛は少し緩んでいます。
素直になれない自分を
責めると、
一気に①に戻ります。
でも、
「ああ、今は余裕がないな」
と眺められると、
④に近づきます。
素直さとは、
鍛え上げるものではありません。
管理するものです。
今日、
あなたはどこにいますか。
それがわかれば、
十分です。
最後に、
この一文を残しておきます。
素直さは、到達点ではない。
その日のコンディションだ。
次回はいよいよ最終回です。
「素直な人が周囲をどう変えていくのか」
そして、
リーダーとして、
人を育てる側として、
この“素直さ”をどう扱えばいいのか。
人が育つ社会をつくる人へ──素直さは、信頼の技術
ここまで、
「素直さ」を個人の資質ではなく、
脳の状態として見てきました。
素直になれないのは、
性格が悪いからでも、
反抗的だからでもない。
ただ、
安全ではなかっただけ。
では、
その視点を少し広げてみましょう。
もし、
素直でいられる人が多い社会と、
そうでない社会があるとしたら。
その違いは、
どこにあるのでしょうか。
素直さのある社会/ない社会
素直さのある社会では、
人は間違えても、
学び続けられます。
失敗が「罰」ではなく、
「材料」になる。
一方、
素直さのない社会では、
人は正解を装います。
知らないことを隠し、
間違いを誤魔化し、
責任を回避する。
どちらが、
人を育てるでしょうか。
答えは、
言うまでもありません。
怒る社会と、学ぶ社会
怒る社会では、
人は防衛します。
言い訳が増え、
責任転嫁が起き、
挑戦が減る。
学ぶ社会では、
人は開きます。
「教えてください」
「なるほど」
「やってみます」
この言葉が、
自然に出てきます。
ここで大切なのは、
個人の意識改革ではない
ということです。
怒る社会にいる人が、
急に素直になれるわけがない。
学ぶ社会にいる人が、
無理に頑なになる必要もない。
リーダーとは「正す人」ではない
多くの人が、
リーダーを「正す人」だと
誤解しています。
間違いを指摘し、
規律を守らせ、
成果を出させる人。
でも、
それは管理者です。
僕が考えるリーダーは、
少し違います。
リーダーとは、
人が素直でいられる状態を、
壊さない人です。
・質問しやすいか
・失敗を出しても大丈夫か
・「わからない」と言えるか
この空気を守れるかどうか。
それが、
人が育つかどうかを決めます。
素直でいられる空気を守る人
人は、
信頼されると素直になります。
責められないとき、
評価を人質に取られないとき、
人は自然に耳を開く。
だから、
リーダーの役割は明確です。
正しいことを言うことではない。
強いことを言うことでもない。
安心を壊さないこと。
それだけで、
人は勝手に育ち始めます。
素直さとは、
従順さではありません。
弱さでもありません。
それは、
信頼が循環している証拠です。
この連載で、
僕が一貫して伝えたかったのは、
これです。
人は、
正されて育つのではない。
守られて、育つ。
だから、
怒らない人は強い。
優しい人は甘くない。
素直さを壊さない人は、
社会の設計者です。
最後に、
この一文で締めくくります。
素直さとは、
人が育ち続けられる社会を
壊さないための知性だ。
ここまで読んでくださり、
本当にありがとうございました。
この連載が、
誰かを正すためではなく、
誰かを信じ直すきっかけになれば。
それ以上に、
嬉しいことはありません。





