本当の「わかる」とは何か。


 

出産のことは、教科書ではわからない。

書いてあるけど、わからない。

やはりその場に身を置いてはじめてわかることがある。

 

 

我が家には3人の子どもがいる。

いずれも異なる病院で生まれ、そのすべてに立ち会った。

 

 

残念ながら、僕自身は子どもを産んだことはないし、いくら科学が進歩しても、今後出産を体験する可能性は少ない。

 

 

それでも、その場に身を置いたから「わかる」というものがある。

出産に伴う痛みを味わうことはできないけれど、その場にいて感じることはできるのだ。

 

 

だが、その場に身を置けば、本当に「わかる」のだろうか。

実はそうではない。

 

 

 

想像力が必要なのだ。

 

 

では、この想像力の礎となるものは何か。

それもまた、経験である。

 

 

経験したことと照らし合わせ、僕らの想像力は発揮される。

「あのときの痛み」と照らし合わせ、妻の痛みを想像するわけだ。

 

 

想像力の欠如は生活体験の乏しさから生まれる。

youtubeで学んでも、教科書で学んでも。

それから、バーチャルリアリティがさらなる発展を遂げても。

 

 

リアルな社会での経験が乏しければ、僕らは何もわからないのではないだろうか。

 

 

学ぶとは何か。

わかるとは何か。

 

 

今一度考えてみていただきたい。

くればやし ひろあき

公立中学校で16年間3000人以上の子どもたちと出会ってきた思春期の子どもの専門家としてメルマガ配信。当初、学校の先生に向けて発信したが、先生たちには見向きもされず。なぜかお母さんたちの心を掴んでしまい、北は北海道から南は沖縄まで全国各地に呼ばれるようになる。個人セッションをスタートすると、お母さんたちで行列ができる。
気がつけば、幼保小のPTAや高校生、なぜかシルバー人材センターまで、いろんなところに呼ばれる講演家に。
「お母さんとお母さんをつなぐ」をコンセプトに『子育て万博』を主催。妻とともにお母さんコミュニティー『プレシャス』を主宰し、名古屋にてお母さんのための寺子屋『ラブリー』を開校。
また、STRインストラクターとして年間350名が入門講座を受講。その上位講座である門下生養成プログラムは全国16都道府県から参加し、3日で満員御礼となる。
365日、子育てからパートナーシップまで、人妻たちの悩みに寄り添う生活を続けている。
妻と3人の子どもの5人家族。1978年生まれ。出身地名古屋。