お母さんにこそ休日が必要です

夫婦げんか

お母さんは年中無休でお母さんです。

気の休まる日はありません。

 

 

お父さんはその点、気楽です。

「たまには息抜きに」と言って、同僚と飲み出かけたり、週末にゴルフに出かけます。

お父さんが出かけるとき、子どもの預け先を探すことなどないでしょう?

気軽に出かけられる。

 

 

この精神的な差は大きい。

 

 

お母さんは違います。

 

お出かけの一つをとっても、「子どものことをどうしようか」とあれこれ思案せねばなりません。 

妻が「旅行に行きたい」と言う。

「子どもはどうするんだ?」と尋ねる旦那。

「俺が見ておくから行ってこいよ」の一言がどうして言えぬ?

 

 

 

その点、自分は社員旅行だ、出張だ、と申して平気な顔をして家を空ける。

このような馬鹿者が多いのです。

 

 

「男たる者どうあるべきか」という視点が欠けているのです。

 

 

 

ウチの妻は「私は働かない!」と豪語しております。

それに重ねて、「でも、やりたいことはやりたい」と申すのです。

 

 

僕は思わず、「それ完全にニートの発言じゃん」とツッコむ。

 

 

やれ、海外だ。

やれ、合宿だ。

本当に自由に生きています。

 

 

それをあたたかいまなざしで見守る。

時には生あたたかいまなざしで見守る。

自分は必死に働いて、妻を幸せにする。

 

 

 

そんな幸せそうな妻のもとで、子どもたちも幸せそうにしている。

それが、かっこいい男と言うもの。

反論、どうぞしてください。

僕は君たちよりカッコよく生きているつもりです。

 

 

 

お父さんはお母さんには敵いません。

いつだって子どもたちにとって心の拠り所となるのは母の存在です。

 

 

父親など、おまけみたいなものなのです。

テレビドラマなどで「子どもを認知する、認知しない」などという場面をよく目にします。

あれなど、笑ってしまうほど可笑しい。

 

 

なぜって?

その子のお父さんが誰であるかを知っているのは母親だけ。

DNA鑑定ができる今だからこそ、ほぼ正確に父子の関係を知ることができる。

父親に認める認めないを選ぶ能力などありません。

 

 

これはあべこべのお話なのです。

 

 

「お父さん」という存在は、母親と子どもが「あなたが父親です」と認知して初めて認められる存在なのです。

妻が身籠もる。

だんだんお腹が大きくなっていく。

やがて出産する。

我が子の誕生を喜ぶ男性。

 

 

その場で女性が申すのです。

 

「この子のお父さんはあなたじゃないわ」

 

そう言われてしまえば、どうすることもできない。

 

 

偉そうに「父親」などと申していますが、「父親」にしていただいているのです。

母子に認めていただいて、はじめて「父親」を名乗ることが許されるわけです。

 

 

そんな僕ら男親が妻に貢献すること。

これは特別なことではないし、偉そうに語ることでもない。

やるべきことではないですか。

 

 

 

家事や育児を手伝う?

何を馬鹿なことを。

手伝うなどという表現は、まだまだ頭の中が古い価値観に執着している証拠。

 

 

 

家事や育児は女性がやるもの。

そういった古い価値観のまま生きているから、「手伝う」という表現になってしまいます。

 

 

 

率先してやるぐらいがちょうどよい。

一緒に担えばよいのです。

 

 

 

くればやし ひろあき

公立中学校で16年間3000人以上の子どもたちと出会ってきた思春期の子どもの専門家としてメルマガ配信。当初、学校の先生に向けて発信したが、先生たちには見向きもされず。なぜかお母さんたちの心を掴んでしまい、北は北海道から南は沖縄まで全国各地に呼ばれるようになる。個人セッションをスタートすると、お母さんたちで行列ができる。
気がつけば、幼保小のPTAや高校生、なぜかシルバー人材センターまで、いろんなところに呼ばれる講演家に。
「お母さんとお母さんをつなぐ」をコンセプトに『子育て万博』を主催。妻とともにお母さんコミュニティー『プレシャス』を主宰し、名古屋にてお母さんのための寺子屋『ラブリー』を開校。
また、STRインストラクターとして年間350名が入門講座を受講。その上位講座である門下生養成プログラムは全国16都道府県から参加し、3日で満員御礼となる。
365日、子育てからパートナーシップまで、人妻たちの悩みに寄り添う生活を続けている。
妻と3人の子どもの5人家族。1978年生まれ。出身地名古屋。