スパイシーな過去が、『今』をデリシャスにするんだぜ♪


「過去なんて関係ないわ!

 今が大事なの!」

 

 

…なんて言うけどね、

過去を見つめるって大事だよ、

マジで。

 

 

お母さんのための学び&遊び場『passion life college』でね、

過去を振り返るワークをしたんだ。

 

 

人生ってさ、

上がったり下がったりしてんのね。

 

 

下がりっぱなしもなければ、

上がりぱなしもないわけ。

 

 

下がったときが、とってもスパイシーでさ。

それがあるから、上がったときがハッピーなわけよ。

 

 

たまに病気になると、

健康のありがたさがわかるでしょ?

 

 

失って初めて、

大切な人に気付けたりもするでしょ?

 

 

そうやって考えると、

うまくいかないことや困難なことって、

人生をおもしろくするスパイスなんだよね。

 

 

「うわっ!

 不幸のどん底!!」

…ってときが来たら、

もう上がるしかないわけ。

 

 

人生ってそういう風にできてるんだもん。

 

 

昔ね、3週間毎日家庭訪問させられたことがあるの。

3〜4時間、板の間に正座ね。

ず〜っと母ちゃんのタバコの煙を浴びながら、

罵られ続けるの。

 

 

いつも帰してもらえなくて。

最後は、ついてきてくれた管理職の先生が、

僕を怒鳴って連れ出す。

 

「すいません。

 コイツは何度言ってもわからなくて。

 今日は連れて帰ります」

 

…なんて言われてね。

んで、外へ出てから謝られる。

まあ、つまり勧進帳の世界ですわ。

 

 

一番、人生のどん底。

マジで「死にたい」と思った。

地下鉄の前で飛び込もうとした。

泣きながらね。

いや〜、ヤバかった。

 

 

ところがさ、

そのあとの教員人生でも、

とんでもない親はいっぱいいたけどさ、

全然平気なわけ。

 

 

他の先生はビビちゃうような人もさ、

なんか全然スパイシーじゃないのよ。

 

 

 

1回来て2時間ぐらい文句言って帰る親なんて、

モンスターじゃねぇから。

 

 

「板の間に正座して3〜4時間を3週間」

が僕のどん底パロメーターの基準なわけね。

 

 

でね、

あるとき、その経験に感謝できる自分がいたわけ。

 

 

上海で暮らしていたとき、

僕のメンタルを整えてくれたリュウキさんとおしゃべりしていてね、

ふと、そのお母さんに対する感謝が沸いてきたの。

 

 

人生ってさ、

あれがあったからこれがあって、

これがあったからあれがあって。

 

 

ちゃんとうまいことつながっているわけ。

不幸がないと「幸」は感じられないものさ。

 

 

人生で起こったこと、

何一つ意味のないことなんてないね。

 

 

子どもの人生も同じだぜ。

今起きていることを、「幸せ」か「不幸せ」かってジャッジすることに意味はないよね。

わかんねーもん。

 

 

 

乙武さんは、確かに『五体不満足』で生まれたかもしれない。

だから、不幸だったかって言うと、それは違うと思う。

『五体不満足』だったからこそ、彼は彼の人生を思いっきり味わえてるわけだよね。

 

 

子どもの人生、

もっと信じていいんじゃない?

大丈夫だって!

 

 

その答えはすでに、

あなたが歩んできた人生の中に隠れてるんじゃない?