自分のことを大切に思えないーセックス依存症と恋愛依存症ー


きっかけはたまたま漫画アプリで見たセックス依存症をテーマにした漫画でした。

セックス依存症。

そんな依存症があるのか、と驚きました。

丁寧に解説されていたので、それをもとに記事を書きたいと思います。

 

 

アルコール依存症のセックス版と捉えるとわかりやすいかもしれません。

アルコール依存症の場合、かたときもアルコールを手放すことができず、常にお酒を飲んでいたいと思うようになります。

 

 

朝からビールを開け、一日中酒に酔っている。

そんなことでは、健全な社会生活を営むことができなくなってしまいます。

 

 

同じように、一日中性的なことへの関心が高く、気持ちが昂って納まらないのだそうです。

自慰行為による射精を試みても気持ちは昂ったまま。

 

 

アルコールも心が正常ならば、ある程度飲めば、「はい、おひらき!」となりますが、依存症になるとそうはいきません。

性的な欲望は当然誰にだってあるものだけど、依存症となるとセックスも同じように際限がなくなってしまうのです。

 

 

そして、それはやがて性犯罪へと繋がっていく。

アルコールに対して自制が効かないように、性的欲望に対して自制が効かない状態になるようです。

 

 

痴漢とか、盗撮とか、下着泥棒とか。

いろいろな性癖はあれど、その欲望を自制するからこそ、人間社会は成り立っています。

 

 

でも、その自制が効かなくなる。

四六時中自慰行為に耽り、それでも欲望に追い立てられ、自制も効かなくなる。

時に性犯罪に走ってしまう。

そんな状態のようです。

 

 

ですから、真っ当な社会生活を営むことが難しくなります。

なにせ性的欲望が一人で完結するものではないから、一歩間違えれば犯罪行為に繋がってしまうのです。

他者には理解されにくい病といえます。

 

 

さて、恋愛依存症というものもあるそうです。

ホストにハマってしまう女の子はその典型のようで。

やはりこちらも自制が効かない。

 

 

大好きなホストが「お金が欲しい」と言えば、自分の身を売ってでも、つまりは好きな人がいながら他の異性に抱かれてでもお金の準備をしてしまう。

 

 

よくよく考えれば、それは決して健全なことではないし、彼と彼女の関係としても不健全であるのだけれど。

自制できないということは、そういう冷静な判断はできないわけでして。

 

 

「頼られる」ということで、自分の存在を認識できるといいましょうか。

人を好きになり、好きになってもらうことで自分の心を保つことができる。

 

 

「あの人は私がいないとダメなの」

 

そういう状態になることで、自分の存在を確かめる。

依存とはつまり、何かに掴まっていないと自分が自分でいられなくなる、倒れてしまうような状態です。

 

 

 

この恋愛依存症の女性と、セックス依存症の男性は大変相性が良いようで、互いに補完関係にあり、離れ難い関係性になってしまうのだそう。

どちらも相手に対して依存し、ともに倒れていきます。

 

 

根本の問題には、自分自身を大切にできないことがあります。

いわゆる自己肯定感というのが極めて低い状態に起こります。

心の奥の奥で、自分自身を否定し続け、自分を大切にできない状態だからこそ、何かにすがらねばならなくなるわけです。

 

 

セックス依存症にしろ、恋愛依存症にしろ、どうしても自分を責めてしまうところがあり、自己否定に走りがちで、どんどん「自分を大切にできない状態」に陥ります。

 

 

四六時中セックスのことばかり考えている。

なんて自分はダメな人間なのだろうと自分を否定する。

だから、余計に依存してしまう。

 

 

漫画の中でお医者様が、「これは病気なのだと理解しなさい」というお話がありました。

依存症というのを、「本人が弱いからだ」と僕らは捉えがちです。

 

 

これ、風邪に例えるとわかりやすいかもしれません。

風邪を引いて職場を休むとき、「すいません。風邪を引いたので休みます」と謝罪の言葉から入りますよね。

風邪なんて誰でも引くし、ウイルスをどこでもらったかなんてわからないのにね。

 

 

なんとなく病気になるのこちらに落ち度があるから、みたいな認識がありまして。

自分を責めがちなのが僕らです。

 

 

 

依存症については、それが顕著でして。

自分を責めて、さらに依存傾向を高めてしまうようです。

 

 

自分を大切にできないからこそ、何かに依存してしまう。

依存の対象を遠ざけるのではなく、まずは自分を大切に思えるようにしていくことから始めないといけないわけで。

 

 

となると、どうしたって周囲の人の支えや理解が必要です。

その点で、アルコールや恋愛は周囲の支えや理解がまだ比較的得やすいかもしれませんが、セックス依存症となるとなかなか理解しがたいかもしれません。

 

 

 

その点では、幼少期からの子どもへの関わりは極めて重要です。

「お前はダメだ!」

「もっとがんばれ!」

そんなことを言われ続けた子どもはどうでしょうか。

 

 

否定されてばかりなら、自分は大切な存在ではないと思ってしまうでしょう。

過干渉も良くないし、無関心も良くない。

 

 

一人の人間としての尊厳を保つために、リスペクトを持って関わりたいものです。

様々な依存症がありますが、その根っこにあるのは「自分を大切にできない」というところ。

 

 

そして、それは幼少期から大切にされてきた経験の乏しさによるものなのです。

過干渉は一見、その子を大切にしているように見えるのですが、そうではありません。

その話はまた別の機会にお届けしましょう。

 

 

アルコールにしろ、セックスにしろ、恋愛にしろ。

問題は「自分を大切にできない」ということ。

自分を価値ある存在だと認識できないわけですから、やはり人との関わりが重要なのです。

 

 

【参考文献】
 斎藤章佳
『セックス依存症になりました』
 (集英社)

くればやし ひろあき

・株式会社ミナクル組織研究所 代表取締役

・フォロワー10万人の教育系TikTokクリエイター「くれちゃん先生」として人間関係や教育についての動画を配信

・1978年、愛知県生まれ。16年間公立中学校の教員として3,000人以上の子どもたちを指導。名古屋市内で最も荒れた中学校で生徒指導の責任者を務め、その後、文部科学省から上海に派遣され、当時世界最大の日本人学校であった上海日本人学校の生徒指導部長を務める。

・2018年~2019年 100人のボランティアスタッフをマネジメントして『子育て万博』を主催。

・2021年~2024年 パリコレクションのキッズ部門を日本に誘致して開催された『Japan Kids Fashion Week』において、全体計画及びキッズモデル・ボランティアスタッフのマネジメントを担当。

・経済産業省の事業再構築事業として人材分析システムCrewDocks®︎を開発。企業研修など精力的に活動中。