人生で初めて仕事をお断りした日の気持ちを書き記しておく


あるところから講演会の依頼をいただいた。

会場に出向くリアル講演会でも、ZOOMによるオンライン講演会でもなく、録画した動画で講演動画が欲しいとのことだった。

僕は基本的に仕事は断らない。

 

 

お金がたくさんもらえるなら引き受けて、もらえないなら引き受けない、みたいなものが僕にはない。

いただいた仕事はたとえタダ働きであったとしても全力で尽くす。

それが僕のモットーである。

 

 

ただ、今回の仕事は気が乗らなかったのは事実である。

依頼された講演は60分。

60分の講演動画を最後まで視聴する人がどれだけいるだろう?と思った。

 

 

ご依頼主様が「一生懸命告知します」というので、(じゃあ、がんばって撮影するか)と思った。

 

 

ただ、いざカメラを前にすると、まったく話せない。

いつもは聴いてくれる人がいて、その人たちの反応を見ながら話す。

ご夫婦が多いときはパートナーシップの話を多めに入れるし、お子さんが小さければ幼児教育寄りの話をする。

これが中学生の親が多くなれば思春期の子どもの接し方の話になる。

 

 

基本的にあらかじめ内容を決めてあるわけではなく、聴いてくれている人の男女の比率や年齢層、属性などで話題を変える。

僕の心の中にある講演ノートにはたくさんの子どもの名前があって、話題に合わせて子どもの顔が浮かび、その子とのエピソードを思い出す。

講演にしろ、執筆にしろ、エピソードトークで話を展開するのは、そんな事情である。

 

 

だから、まったく顔の見えない相手に向けて、反応がまったくない講演するというのはかなり大変な作業なのだ。

カメラを回してみてもロクな動画にならなかったので、スライドと台本を用意してみた。

「ある程度、こんな話をするぞ!」を決めてみた。

 

 

冒頭の挨拶部分からして、くちゃくちゃ。

視聴者は朝見るのか、夜見るのか。

しっくり来るまで何テイクも撮影した。

 

結局90分ほど撮影しただろうか。

60分の動画を撮るといってもカメラが回っているのは60分ではない。

そこからいらない部分をカットしたり台本を確認したりするため、余分に撮影しておく。

パソコンに取り込み、その動画の音声波形を見ながら、余白をカットし、スピード調節をして60分の動画にして書き出す。

 

 

結局1日仕事になった。

まあ、内容としてはこんなもんかな、という内容。

当然だけど、リアルの講演会のようにはいかない。

 

 

面白いこと言ったって誰も笑わないし、感動すること言っても誰も涙を堪える人もいない。

オンライン講座のレッスン動画ならまだ良いけど、講演動画の撮影って結構地獄だな、と思った。

 

 

で、その動画をお送りしたところ、いろいろと内容についてご指摘いただいた。

先生向けの内容が多いから保護者向けの話を増やしてほしいとのことだった。

また、もう少しレクチャー的なことを入れてほしいとのことだった。

 

 

なるほどな、と思った。

ほら、動画で納品するとこうなる。

講演というライブではなく、動画という商品になってしまう。

だから、あーしてほしい、こーしてほしいが後付けで要望が出てくる。

 

 

お客様の要望通りのレクチャー動画の制作・販売になってしまうのである。

講演家ではなく動画業者の仕事になる。

 

 

とはいえ仕事なので、もう一度台本を練り直して、1から撮り直そうかと考えた。

考えたは考えたんだけど、身体が一向に動かない。

 

 

怒りとか、悲しみとか、そんなんじゃなくて、単純に「やる気しねーなー」という状態。

なにせ僕は今、異常なほど忙しい。

 

 

 

その1日を削って動画を作ったのだ。

申し訳ないけれど、もう1日潰せるほど暇ではないし、1日潰して作った動画をご納得していただける保証もない。

この状態で、無理やりカメラを回したところで、自分が熱意を込めて話ができるとは到底思えないし。

 

 

第一、これから撮影するのは、この動画を視聴してくださる人を満足させる動画ではなく、依頼主を満足させる動画である。

依頼主が満足する動画が、イコール視聴者を満足させる動画とは限らない。

 

 

それでも、仕事だから、撮影しようと思った。

撮影しようと思ったけれど、まったくエネルギーが湧かない。

 

 

いや、仕事だよ、がんばれ、俺。

でも、なんにも台本が浮かばない。

 

 

ふと思った。

僕は経営者である。

上から指示をされて仕事をするのが嫌で経営者をやっている。

 

 

自分の仕事は自分で決める。

やりたくないことはやりたくないから独立している。

独立ってそういうことだ。

 

 

なぜ今、やりたくないと身体が拒絶している仕事を、必死になってやろうとしているのだろう?

なんだか笑えてきた。

 

 

そうだ、やりたくないのだ。

僕はこれまで、「自分の講座を受けてください」とか「自分のイベントに来てください」とか「僕の本を買ってください」とか頼んだことがない。

必要としてくれている人は参加したり購入したりすればいいし、必要としていないなら無理して参加したり購入してもらいたくないと思っている。

 

 

これから始まる連続講座だって、「本当に参加したい人だけ参加してください。そうじゃないなら申し込まないでください」とお願いした。

そういう僕の仕事の流儀から言えば、こちらがそれ相応の熱量で作ったものに対して、「イマイチです」と言うならば、「あ、じゃあ、他の人を探してください」が正解だと思った。

 

 

それはムカついたから断るとか、そういうことではなく、「うん、じゃあ、その仕事、オファーする相手が間違ってますわ」なのである。

 

 

実は今、いろんなところから講演依頼が届いている。

全部もちろん引き受ける。

講演料とか、正直どうだっていい。

 

 

僕の話を聴きたい、聴かせたいという依頼主様がいるなら、僕はどこにだって飛んでいく。

でも、話の内容について「あーだ、こーだ」と言うならば、「あ、じゃあ、他の人を探してください」で良いと思う。

 

 

わりと僕は講演家としては当たりの方の講演家だ。

どこで話をしても喜んでいただいている。

 

 

それは「自信がある」とかではなく実績があるのだから仕方がない。

でも、その内容ではダメだ!と思うのであれば、やはり他を当たってもらった方がいいだろう。

絶対その方が双方にとってハッピーだ。

 

 

依頼主様が理想としている講演家を探せばいいだけの話だ。

というわけで、初めて仕事をお断りした。

 

 

断りのメールを入れると、フッと気持ちが軽くなった。

仕事は断らないというモットーは捨てよう。

僕を必要としてくれて、僕の時間を大切にしてくれる人の仕事は断らないをモットーにしよう。

くればやし ひろあき

・株式会社ミナクル組織研究所 代表取締役

・フォロワー10万人の教育系TikTokクリエイター「くれちゃん先生」として人間関係や教育についての動画を配信

・1978年、愛知県生まれ。16年間公立中学校の教員として3,000人以上の子どもたちを指導。名古屋市内で最も荒れた中学校で生徒指導の責任者を務め、その後、文部科学省から上海に派遣され、当時世界最大の日本人学校であった上海日本人学校の生徒指導部長を務める。

・2018年~2019年 100人のボランティアスタッフをマネジメントして『子育て万博』を主催。

・2021年~2024年 パリコレクションのキッズ部門を日本に誘致して開催された『Japan Kids Fashion Week』において、全体計画及びキッズモデル・ボランティアスタッフのマネジメントを担当。

・経済産業省の事業再構築事業として人材分析システムCrewDocks®︎を開発。企業研修など精力的に活動中。