ドラァグクイーンが教えてくれた悪口が悪口でなくなる方法

ドラッグクイーン

 

「デブにデブって言って何が悪いんですか?」

 

それは2年A組、僕が担任する教室での出来事。

この男子生徒というのが、いわゆるトラブルメイカーで。

成績は底辺をさまよい運動も苦手。そんな自分を棚に上げて、人をバカにしたりする。当然、周りの子どもたちは怒り、けれど文句のひとつも言えば、今度は「先生、僕はいじめられています」と訴える。

なかなか手のかかる子でした。

 

それで、クラスにぽっちゃりした女の子がいたのですが、その子と口論になり、思わず「デブ!」と言ってしまったんですね。彼女、泣き出してしまいました。

事情を聞いて、「そういうことを言っちゃいけないよ」とまずは諭したわけですが、そしたら「デブにデブって言って何が悪いんですか?」と悪態をつくじゃありませんか。

 

「だって事実じゃないですか!」

 

事実か事実でないかと問われれば事実かもしれませんが、事実だったら何でも口にして良いわけではありません。

 

「あのなぁ。ハゲの人にハゲとか、ブスの人にブスとか、そういう悪口ばかり言ってたら嫌われるんだぜ」

 

そんな話をしたら、「ハゲもブスもその人の努力じゃどうにもならないけど、デブは痩せようと思えば痩せられる」と主張してきます。

屁理屈と切り捨てるのはもったいない、なかなか面白い論点です。

「じゃあ、今日から先生は君のこと、バカって呼んでいいか?」

「なんでですか?」

「勉強は努力したら何とかなるだろ? 君の言い分だと、努力すればなんとかなることをなんとかしようとしない奴は、それを言われても仕方がないって話だぜ?」

それで彼は返す言葉を失いました。

「俺は明日からバカって呼ぶぞ」

「いや、それは嫌です……」

 

言葉には言って良いことと悪いことがあります。

ただ、この基準ってなかなか難しいのです。

 

職員室の隣の席の女性が養護教諭、いわゆる保健室の先生でした。

若い綺麗な先生で、いろいろと相談に乗ってもらっていました。

 

それで何かの拍子に「ねえ、先生ってさ、何カップ?」という話題になりました。

「あ、Bカップです」

「ふーん、もう少し大きく見えるね?」

「そうなんですよね。でも、私、外に流れる感じなんで」

「ふーん、まあ、俺、男だからわかんないけど」

二人でパソコンをカタカタ叩きながら、そんな話をしていました。

 

そしたら、後ろを通りかかった中年の男性教諭が突然、「それ、セクハラですよ」って注意されたんです。

僕も彼女もびっくりして目を合わせまして。

それで僕は彼女に「なんか、すいません」と謝り、彼女も「いえ、大丈夫です」と返して、またくだらないおしゃべりに花を咲かせながら仕事を続けました。

 

言葉には言って良いことと悪いことがあります。

僕らには良いことでも、中年の男性教諭には悪いこと。

そんなこともあるのですね。

 

 

友人の社長さんが、ゲイバーが好きでよく連れていってくれます。

あるとき、若い男の子たちとボックス席で、お酒も入って盛り上がり、ママ(男性)に、隣の席の男の子がズボンを下げられたんです。

 

「ちょっと、あんた、どんなパンツ履いてるのよぅ?」

「やめてくださいよ〜」

「きゃ〜、かわいいトランクスぅぅぅ」

 

ゲイバーのママが「ちょっと、あんた、どんなパンツ履いてるのよ〜」は許されますが、普通の会社でそんなことを口にしたらパワハラかつセクハラです。

 

言葉には言って良いことと悪いことがあります。

それは何で決まるのでしょうか?

 

 

その答えは、やっぱり夜の街にありました。

そこはドラァグクイーンのママのお店。

 

ど派手なドレスを身にまとい金髪。僕より背が高く、そのうえピンヒールを履いて、肩幅も広い。バッチリメイクを施していますが、美しいというよりはやりすぎたヴィジュアル系ロックバンドのよう。

とにかく異彩を放っていて、目立つんですね。

そんなママをお客様が360°取り囲むような店の作りで、スタッフの男の子たちがそそくさとお酒を作りながら、ママが話術で店を回していきます。

 

 

社長が着席するなりママに「相変わらずブスだね」と言うと、ママも返す刀で「アンタもデブじゃない。わはははは」と大笑いしました。

 

その日も散々呑んで明け方近く、みんな眠ってしまい、ママとサシで飲んでいたときのこと。

 

「私はね、この街を歩くときもこの格好で歩くのよ」

聞けば、ドラァグクイーンの中には普段は普通の格好をしていて、お店に立つときだけ戦闘準備をする人も多いそう。

 

「そしたらさ、みんな振り返るし、指をさして笑う人もいる。私はそれが私だと思ってる」

 

僕は薄くなった水割りで喉を潤しました。

 

「でもね、私ぐらいよ。ブスにブスって言えるのは」

 

「えっ?それってどういうことですか?」

 

「容姿に自信がない子、いっぱいいるじゃない?私みたいなブスにブスって言われて、向こうもアンタだってブスじゃん!って笑って言い返せる。そんなこと気にすんなよ、って。自信持って生きろよ、って、伝わるんじゃないかな」

「なんか、いいっすね」

「そんな存在でいたいのよ」

 

彼女は口元を緩めました。酔いが回って気の利いた一言は返せなかったけれど、僕はその姿をカッコいいなと思いました。

ブスにブスって言えて、ブスもブスって言い返せて、そんな自分に誇りを持っているから、この格好でこの街を歩く。

もう、なんだか映画のワンシーンです。

 

 

ブスにブスって言っても許される関係性。

ああ、そうか。

言って良いことと悪いことは、相手との関係性で決まるんだ。

 

デブにデブって言うくせに、バカって言われたらキレる。

だから、嫌われちゃうんだぞ。

 

「相変わらずブスだね」

「アンタもデブじゃない。わはははは」

そんな関係を育めたら最高だね。

 

 

くればやし ひろあき

・株式会社ミナクル組織研究所 代表取締役

・フォロワー10万人の教育系TikTokクリエイター「くれちゃん先生」としても活躍中。人間関係や教育についての動画を配信

・1978年、愛知県生まれ。16年間公立中学校の教員として3,000人以上の子どもたちを指導。名古屋市内で最も荒れた中学校で生徒指導の責任者を務め、その後、文部科学省から上海に派遣され、当時世界最大の日本人学校であった上海日本人学校の生徒指導部長を務める。

・互いの「ものの見方や感じ方の違い」を理解し合うことで、他者に寛容な社会を実現したいと願うようになり、2017年独立。

・独立後は、教員時代の経験を活かし、全国の幼稚園や保育園、学校などで保護者向け講演や教職員研修を行う。2018年・2019年には、100人のボランティアスタッフを束ね『子育て万博』を主催。今年10月にパリコレクションのキッズ部門を日本に誘致して開催された『Japan Kids Fashion Week2021』において、全体計画及びキッズモデル・ボランティアスタッフ総勢150名のマネジメントを担当。

・2020年11月、「スタッフみんなが、明日も生き生きと来る!」を理念に、株式会社ミナクル組織研究所を設立。経営者、教職員、スポーツ指導者など、組織のトップや人を指導する立場の人たちから依頼を受け、人間関係づくりやチームづくりに関する講演や企業研修、教職員研修を行っている。経済産業省の事業再構築事業として人材分析システムを開発中。