学級担任として「責任をもつ」ということ
「責任をもつ」ということの意味を勘違いするから苦しくなる
自分のクラスの子どもが、他の先生に叱られている。
なんだか、自分まで叱られているような気分になってしてしまう。
自分の指導力不足を指摘されているように感じてしまうことはありませんか。
僕もそうでした。
他の先生が自分のクラスの子を指導している。
すると、自分の目の行き届かなかったところを指摘されているような気分になってしまう。
それで、重ねて指導をしてしまう。
子どもからしたら、見逃してしまうくらいの「小さなこと」で何度も何度も指導されるわけです。
たまったものではありません。
あなたのクラスの子どもは、あなたの所有物ではない
自分のクラスの子どもの成長に責任をもつこと、とても大切です。
けれど、それは「抱え込む」こととは違います。
自分一人でなんでもできるなんて思っているとしたら、それは傲慢です。
僕らの仕事は、チームで成り立っているのです。
一人の力など小さなものです。
学級担任として責任を感じるべきです。
ただし、責任という言葉を履き違えてはいけないと思うのです。
僕らの仕事はただひとつ。
「目の前の子どもたちをハッピーにすること」
周囲の協力を得ることで子どもたちをハッピーにするんです。
周囲の力を借りて、自分の責任を果たしていくんですね。
学級は学級担任の所有物ではないのです。
「すべての先生」で「すべての子どもたち」を育てている
自分一人でなんでもできる気になるのは傲慢です。
校内にいるすべての先生で、校内にいるすべての子どもたちの成長を見守っているのです。
ですから、自分のクラスの子でなくても話を聴くし、指導もする。
自分のクラスの子しか面倒を見ないなんていう人は、僕は先生とは呼びません。
教室は、いつだってチームプレーで成り立っています。
教室がうまくいっていれば、周囲の先生に感謝する。
うまくいっていないのであれば、周囲の先生から学ぶ。
どんどん相談すればいい。
どんどん助けてもらえばいい。
自分一人で抱え込むことこそ無責任だと思います。
ハッピーな先生になるためのステップ
みんなに助けられて今があることに素直に感謝する。