「生きている」って何だ?
妻の祖母が亡くなった。
施設で暮らしていたため、コロナ禍が始まってからは、家族にもなかなか会えない生活を強いられることとなった。
「命は何にも代えがたいものだ」と言う。
それはその通りだと思う。
命以上に価値のあるものはない。
それは正しい。
だが、幸せなのだろうか?
そんなことをずっと考えていた。
高齢者は感染により重篤な状態になる確率が高い。
だから、何よりもケアすべき対象となっている。
そして、その結果、家族と暮らすことができず、そして息を引き取った。
これは幸せなのだろうか。
僕はずっとそんなことばかり考えていた。
正解か、不正解か。
そう問われたならば、感染リスクの高い高齢者を隔離することは正解なのだろう。
でも、それは幸せな選択なのだろうか。
家族と会えない暮らしは、「幸せに生きている」と言える状態なのか。
生きるって何だ?
命って何だ?
呼吸したらOKなのか?
人間らしく生きるってどういうことだろう?
今を生きている僕らが、明日も生きている保証はない。
事故にあうかもしれない。
そのことを恐れて、家から一歩も出ない人はいない。
そのリスクも背負った上で、僕らは生きていると言える。
若い人たちが平気で出かけるのも、リスクを背負った上で、通常の生活を選んだからだろう。
生きるってそういうことだと思う。