迷ったら自分基準に問いかけるからブレない
自分基準に照らし合わせる方法
僕は今、「目の前の子どもたちがハッピーかどうか」を基準に物事を考えています。
この授業は、ハッピーにするかな?
この通信はハッピーにするかな?
そして、その基準に合わないとき、どうなるか。
心がざわめくんです。
「あれ、おかしいぞ?」
「それでいいのか?」
って、もう一人の僕が警報機を鳴らすんですね。
人間の根本的なベースとなる部分は、その人の内側から生まれるものです。
決して、周囲に言われて生まれるものではないんです。
だから、自分の大切にしていることに意識を向けてみる。
すると、心がわくわくするか、ざわざわするか。
そうやって、自分の心に尋ねてみるんです。
心がざわめいても指導しなきゃならないときは
子どもたちへの指導に迷ったときも、問いかけるのはいつも同じ。
「どっちが子どもたちをハッピーにする?」
だけど、そのセンサーがザワめいていても、指導しなきゃいけないときがあります。
たとえば、女の子の髪をしばるゴムの色。
中学校だと、黒や紺にしなさい、なんてルールがあったりします。
正直いって、どうでもいいなって思うんです。
でも、それはみんな(教職員)で決めた校則というルール。
「そんなの関係ないぜ!」って言うのは組織の人間として失格だと思うんです。
それを無視するなら、自分で学校を作るべき。
決めた以上は守るのが、社会人ってヤツです。
で、髪の毛のゴムの色も指導しなきゃいけない。
けれど、自分基準は「ざわざわ」してくる。
それ、大事なのか?って思っちゃう。
そんなとき、僕は子どもたちにこう伝えます。
「ごめんな、髪のゴム、その色ダメなんだ」
こんなふうに言い返されることもしばしば。
「なんで、ダメなの?」
もう、「ごめんな」って言うしかない。
「ごめんな、ホントごめんな…」
それでも、ちゃんと伝わるんです。
芯の部分で、目の前の子どものハッピーだけを願っているから。
ちゃんと伝わるんです。
ハッピーな先生になるためのステップ
迷ったときは、心に問いかける