学校が子どもを守ってんのも忘れちゃいけない。


これまで、たくさんの児童虐待に関わる事件とも向き合ってきた。

正確には、「児童虐待を疑われる事件」ばかりだ。

実際に、保護したり立件したりという形になるのは、やはり少ない。

 

 

子育てというものが、「家庭」という閉鎖的な空間で行われている以上、実態をなかなかつかみにくいのだ。

できれば、警察のご厄介になる前に、なんとかしたい。

親に改めてもらい、親子でうまくやってほしい。

それが、先生たちの気持ち。 

 

 

まあ、その思いが判断を遅らせたり、鈍らせたりもするのだけれど。

親とも子とも接する先生たちは、世間が思うほど冷徹ではない。

案外義理と人情の人たちなのだよ。

 

 

僕が相手にしてきた子どもたちは中学生だ。

きちんとコミュニケーションが取れる子どもたちばかりだ。

それでも、正確に実態をつかむことは難しい。

 

 

当然、都合のいい部分しか子どもなんて話さないからね。

「親に殴られた」なんて言っても、それで「はい、虐待!」とはならない。

これ、けっこうシビアなんだ、実際は。

 

 

 

虐待と躾の境界線が曖昧な部分もある。

いや、これはもう、全然曖昧ではないのだけれど。

親がどんな躾をされてきたか、にもよるのだ。

 

 

案外、虐待をしてしまった親が、同じような子育てをされてきた場合も多いわけで。

僕らが知っている子育ては、自分がされてきた子育てだったりする。

 

 

考えてもみてほしい。

僕らは、「子育て」を学ぶ場面はない。

自分がされてきた子育てしか、経験がないのだ。

 

 

幼少期から殴られて育てられた親は、「殴ることこそが子育て」と考えても仕方がないだろう。

そんなわけで、こちらの正義をぶつけると、100%敵対する。

 

 

正義の反対は「別の正義」なのだ。

自分の子育てに罪悪感をもってくれているならまだいい。

だが多くの場合、「何がいけないのか?躾じゃないか!」という反応になる。

 

 

だから、難しい。

子ども自身も、幼いころからそういう子育てをされてきていることが多い。

簡単に言えば、今日に始まってことじゃないのだ。

「ご飯を食べさせてもらえないこと」が当たり前だったり、「殴られること」が当たり前だったりする。

だから、実態をつかみにくい。

 

 

そのあたりは、養護教諭(保健室の先生)や女性教諭のアンテナって高くてね。

身体の変化をいち早くキャッチしてくれたりする。

 

 

肉体的な傷がわかりやすく残っている場合は記録に撮っておく。

だが、この手の事件はアプローチが極めて難しい。

 

 

制服の汚れとか、靴下の汚れとか。

調理実習の食材を持ってこないとか。

すごくいろんなセンサーで家庭の異変を感じ取る。

 

 

まあ、一番は子どもの表情だけどね。

 

 

「先生なんて」とか言うけれど。

プロの教師をなめてはいけない。

表に出ないだけで、水際で子どもたちを守っていることは山ほどあるのだ。

 

 

ただ、実態をつかんでからも、アプローチがなかなか難しい。

学校からのアクションによって、「これはマズい」と改めてくれるなら良い。

だが、敵対し表に出なくなったり、さらなる折檻を恐れて子どもが話さなくなったり。

最悪、登校させないなんてケースも考えられる。

 

 

けっこう学校現場はすれすれなのだ。

もう家庭環境なんて十人十色だし、その実態をつかむのは極めて難しい。

 

 

何の情もなく、学校が「それっぽいこと」をつかんだ瞬間に児童相談所に連絡をし、児童相談所が保護をしたら、おそらく大変なことになる。

まあ、児相はパンクするだろうし、親子の関係を壊してしまうこともあるだろう。

だから、学校はスレスレの判断をしている。

 

 

警察ではないので、なんの権限もない。

そのうえ、子どもたちの一番近くにいて、子どもたちのことを一番考えているのは「学校の先生」なのだ。

学校の先生を舐めるな!とアタシャ言いたいね。

 

 

ところがドッコイ!

事件が起きると、「学校は何をしていたんだ!」「児童相談所は何をしていたんだ!」となる。

児童相談所に足を運ぶと、彼らもけっこういっぱいいっぱいだったりする。

案件が多すぎるのだ。

そして、家庭に踏み込むような権利はなく、案外僕らと大して変わらないなぁ…と思ったりする。

 

 

 

学校の先生は、日々の多忙な業務と同時進行で起こる家庭のゴタゴタにも目を光らせているわけだ。

家庭のことは学校に関係ないじゃないか!と思うかもしれない。

 

 

でも、そうではない。

家庭がクッチャクチャの子どもを救えるのは「先生」しかいないのだ。

病院の先生は?

病院なんて連れていってもらえない子もいるんだよ。

 

 

日本に住んでいれば就学通知書がやってくる。

この国で暮らせば「学校」に通わねばならなくなる。

就学児検診なんてものもある。

 

 

そうやって、子どもの実態をつかんでいる部分は大きい。

まあ、いろんな考え方があるだろうけど。

僕はこういうある意味、行政がむりやり介入することで、子どもが守られているところもあると思うんだよな。

僕は幼稚園や学校の先生、保育士さんが子どもたちのセーフティーネットになっていると信じている。

 

 

学校批判を簡単にするのだけれど、学校があることで守られている子どもは山ほどいるのだ。

身体測定で体重や身長を測ることは、ネグレクトの早期発見につながる。

検診の再診に行ってくれるか、とか、書類を出してくれるか、とか。

学校はプロだからね。

そういうところも見ている。

 

 

はっきり言って、この手の問題はけっこうスレスレなんだ。

家庭を責めるだけじゃ何も変わんない。

学校や児童相談所を責めるだけじゃ何も変わらない。

 

 

僕はそう思うんだよな。

くればやし ひろあき

公立中の先生を16年間勤めて独立。おもに生徒指導に携わってきた思春期の子どもの専門家。その経験を生かし、受講者600人超のワークショップ『子どもとつながるリレーションシップ講座』を全国で開催。

9月1日は統計上子どもの自殺が最も多い日であるということを知り、2016年クラウドファンディングを成功させ県内8会場映画上映ツアーを敢行。2017年、刈谷市の自殺対策計画策定委員を務める。

2017年には児童虐待に着目し、「子育て万博2018inあいち」を主催、「子どもとつながるしつもんカレンダー」をリリースした。

また、「幸せなお母さんが増えることが幸せな子どもたちにつながる」と考え、お母さんのための学校『passion life college』を妻とともに主宰。現在は3期目、カレッジ生は30名いる。

3児の父でもある。