人間関係をユニバーサルデザインする男
最近「人間関係の専門家」を名乗っている。
そしたら、妻にこう言われた。
「なんかさ〜、モヤっとするんだよね」
えっ!なんスカ?
クレームっすか?
「いやさ、人間関係の専門家とか言ってるけど、
超人見知りじゃん!」
はっ…はい…。
「なんか、人間関係の専門家とか名乗ったら、
超フレンドリーな感じの人に思えない?」
まあ…そうっすね…。
「ニコニコしてて、おしゃべりで、人類皆兄弟的なやつね」
あぁ…はい。
「だからさ、人間関係の専門家って名乗っといて、会ったらすごくがっかりさせるのね」
あぁ…、もうそれ以上言わないでください。
「あなたはさ、人間関係の専門家ではないと思うのね」
もう、いいっす。
許してください。
「そうじゃなくてさ、誰もが人間関係を築きにくい人と関係をつくる専門家だと思うの」
はっ?
「不登校の子、どヤンキーの子、モンスターペアレンツ。他の教師が担任をしたがらないような人たちと人間関係を作ってきたでしょ?」
えぇ…そうです。
「英語も中国語もまともに話せないクセに、外国人の子どもとなぜか人間関係を作ったりさ」
あぁ、言葉とか関係ないですからね。
「そのノウハウを知りたい人はいっぱいいると思うのよ」
ノウハウっすか?
「あなたはさ、人間関係づくりのユニバーサルデザインなの」
人間関係づくりのユニバーサルデザイン!!
なんぞや、それは。
「仲の良い人、分かり合える人。そういう人と人間関係を作るのは容易い。そうじゃなくてね、人間関係を作りにくい人といかに人間関係を作るか。これ、大事でしょ?」
はい、大事っす。
「社会から外れそうな人を無視したり敵視したりするのではなく、受け入れてよき関係をつくる技術。それってスゴいことよね」
あぁ…、はい。
児童虐待の問題に目を向け、『子育て万博』をやります。
それは、児童虐待をしてしまった「あのお母さん」を救う活動です。
次の「あのお母さん」を生まないために、人と人はもっとつながろうぜ!という活動です。
この世界には、だれ一人、必要のない人などいません。
僕はいつもそんな視点で生きてきました。
だから、いろんな子どもがいる教室で、だれ一人見捨てることなく人間関係を育んできました。
「だれもがサジを投げるような相手ともあきらめずに人間関係をつくる。それってだれにでもできることじゃないの」
自分ではわかりませんが、そうかもしれません。
あるベストセラー作家の先生に言われたのです。
「最初の一冊はね、書きたい本じゃない。くれちゃんにふさわしい本を書くんだよ」と。
そうか、僕にしか書けないものか。
今、だんだんと腑に落ちてきました。
あぁ…、止まっているわけにはいかないな。