講師にとって大切なことは、難しいことをわかりやすく伝える力
ググってヒットしたサイトが、難解な言葉で書かれていてよくわからなかったらどうしますか?
2秒で閉じますよね。
これが今の世界です。
書物を紐解くことでした知識にアクセスできなかった時代には、博識であることは価値でした。
今や「知識」は記憶しなくても、スマートフォンの中に無限に蓄積されているんです。
知識量よりも検索技術の方が、情報にアクセスするためには重要なんですね。
ところがこれ、一昔前は「わかりにくい」に価値があった時代もあったんですね。
これまでの時代は、難しいことを知っていると、それだけで尊敬の対象でした。
たくさんの「知識」は、よく勉強していることの証でした。
「こんなことも知らないの?」
でマウントが取れたのです。
ところが今は、「わかりやすい」には価値があり、「わかりにくい」には価値がない。
そんな時代を私たちは生きています。
「今」という時代は、ググれば一瞬で答えに辿り着くことができる時代です。
ググれば出てくる情報に商品価値はなく、ググれば出てくる情報をまとめて体系化し、さらに他者が必要としている形にパッケージングできてこそ、商品になります。
つまり、「知識」や「情報」をどこまで深く理解しているか。
ここか重要なわけです。
わかりやすく、簡単な伝えられるほど理解している。
そして、誰にでもわかる言葉で伝える。
これが大事なのです。
そして、そんなサイトは山のようにあります。
「ググれば出てくる答え」がたくさんある時代なんですね。
一昔前は、難しい言葉を並べれば、なんだか「すごい人」に見えました。
「へえ〜っ、物知り」
「うわあ、博識」
「よく勉強してるな〜」
となったんです。
何を話しているかはわからないけど、なんか良いことを話してるんだろうな。
そんな感覚で話を聞くことができました。
難しいことを話していたら、それだけで尊敬される、という時代でした。
今は「難しい話」は、「じゃあ、ググるからいいや」って聞き流されてしまうんです。
「答え」に一瞬でアクセスできる時代とはそういう時代です。
だからこそ、いかに誰にでもわかる言葉で、わかりやすく伝えるか。
小学生にも伝わる伝え方で伝えていく。
私たちのような講師は、こういうことを意識する必要があるでしょう。
世の中には難解なことがたくさんあります。
この「難解なこと」をいかにわかりやすく伝えるか。
これが、これからの時代に求められる力なんですね。