なぜ「叱った」のに「怒られた」となるのか

学級担任 叱り方

相手に伝わるのは「感情」です。

どれだけ優しく叱っても、子どもたちは「怒られた」と表現します。

 

声を荒げたわけでもないのに。

優しく諭したつもりです。

 

でも、子どもたちは「怒られた」と受け取ってしまいます。

 

僕は最初、このことを「子どもたちの語彙が不足している」と捉えていました。

「叱られる」と「怒られる」の違いがわからないのだと思っていました。

 

でも、そうではないことにようやく気がついたのです。

 

 

「叱る」という言葉は、叱る側の言葉です。

「怒る」はそれを受け取る側の言葉です。

 

「叱る」は「行為」ですが、「怒り」とは「感情」です。

 

僕は「叱っている」大人を見ると、やはり「怒っているな〜」と感じました。

 

言葉を通して何かを伝えようとしても、伝わるのは感情だけです。

試しに「叱られた子ども」に、「さっきなんで叱られてたの?」と尋ねます。

すると、「う〜ん、よくわかんない」と、叱られた理由のわかってないことがよくありました。

 

それで、こう続きます。

「何言ってるかはわかんなかったけど、怒ってたよ」

 

 

叱っている当の本人は叱っているつもりなのです。

ですが、受け取る側は「何を怒っているのだろう?」と感じているわけです。

 

そもそも、まったく「怒り」を見せずに「叱る」というのは至難の技のように感じます。

どうしても、怒りが伝わります。

腹が立っているわけです。

 

喧嘩や暴力。

忘れ物に提出物。

係りの仕事をサボったとか。

 

それこそ成績が悪いなんてのもそう。

 

「叱る」ときは、どうしても「怒り」の感情が顔を出しています。

そして、子どもたちはその「怒り」の部分のみを受け取ってしまうようです。

 

ですから、先生は「叱った」つもりでも、「子どもたち」は「怒られた」となってしまうわけです。

 

ハッピーな先生になるためのステップ

 「叱る」と「怒り」を届けてしまうこと

 

 

くればやし ひろあき

人間関係研究家 社会起業家

公立中学校の先生を16年間勤めて独立。その経験を生かしたリレーションシップ講座を全国で開催。関係性を整えることで子どもの能力を最大限に引き出す方法を伝えている。
北は北海道から南は沖縄まで、精力的に講演活動を行うほか、STR(素質適応理論)を用いた個人セッションが人気で現在2ヶ月待ちである。

また、「幸せなお母さんが増えることが幸せな子どもたちにつながる」と考え、お母さんのための学び場『precious life college』を妻とともに主宰。現在は4期目。

子どもの自殺を問題視し、2016年にはクラウドファンディングを成功させ県内8会場映画上映ツアーを敢行。2017年より刈谷市の自殺対策計画策定委員を務める。2017年には児童虐待に着目し、「子育て万博2018inあいち」を主催、「子どもとつながるしつもんカレンダー」をリリースするなど、社会起業家としても活躍している。

3児の父でもある。