この子が生まれた日の心を思い出してみる。
我が子が生まれた日のことを覚えていますか?
長男は、老舗の大きな産婦人科病院で、その産声をあげました。
破水から24時間以上かかる初産でした。
長女は、おしゃれなクリニックで生まれました。
「食事がフレンチ♡」みたいなクリニック。
あっという間の出産でした。
次男は、岡崎市にある吉村医院という、ちょっと変わった病院で、この世に生を受けました。
「お産の家」と呼ばれる伝統的な日本家屋の和室で、家族に見守られながら生まれたのです。
いずれの誕生にもドラマがあり、涙があり、感動がありました。
あの日のことほど、鮮明に映像が浮かんでくる出来事はありません。
あなたは、この子が生まれた日のこと、覚えていますか?
這えば立て、立てば歩めの親心
僕らは、いつだって子どもの成長を願っています。
ところがね、
「這えば立て、立てば歩めの親心」
と申しまして、
ついつい「もっと!」「もっと!」と期待を寄せてしまうのですね。
この子が生まれた日。
どんなことを考えていましたか?
健康に生まれてくれればそれでよかった。
いや、生きて生まれてくれさえすればそれでよかった。
生まれたばかりの小さな小さな我が子を見て、抱いて、あなたは願ったはずです。
ただただ、この子の幸せを。
隣の赤ちゃんと比べて、我が子はどうか?
そんなことは比べたりしなかった。
首が据わるのが遅くたって、寝返りを打つのが遅くたって、気になんかしない。
ただただ、この子の成長がうれしくて、それを見守るのが幸せで。
本当は、それでいいのだよ。
本当はね、それがいいのだよ。
親にとっても、子にとっても。
生まれてきてくれただけで「ありがとう」
テストの点数なんかに一喜一憂する必要はありません。
合格した学校が、子どもの価値を上げるわけではありません。
すでに、この子は価値のある存在です。
そこに存在するだけで、尊いのです。
先日、「◯大に入る子育て」みたいな記事を見ました。
そういうことに価値を感じる人もいるのですね。
戦うつもりは毛頭ないけれど、「我が子が勉強しない!」って苦しんでるお母さんがいたら伝えたいな。
「有名大学に入ったら、いい子育てをしたと言えますか?」
有名大学に入ったら、子育ては成功で、人間的価値の高い子を育てたと言うのですか?
どんな点数だろうが、どんな学校に入ろうが、この子はこの子です。
この子はこの子であるだけで素晴らしいのですよ。
この子が一番輝く場所で、咲いてくれたらそれでいい。
この子が幸せならそれでいい。
これは綺麗事でしょうか?
僕はそうは思いません。
この子がこの子であることの価値を認め、信じてあげる。
それができるのが、お母さんです。
ハッピーな子どもを育てる大人になるためのしつもん
この子が生まれた日、あなたが願ったことは何ですか?
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