「いじめ」をゆるさない文化を育む
学校は社会の縮図です。
大人の世界にも「いじめ」は存在します。
会社で、地域で、ネット上で。
ママ友同士とか、社員同士とか。
あるお母さんから聞いた話。
「今ね、LINE上であるお母さんが、みんなからのけ者にされてるの。 そんなの見たらね、言いたいこと言えなくなりますよ。 次は私かもしれませんもの。 子どもたちも同じようなことが起きているんだから、大変ですよね」
学校は「社会の縮図」ですから、世の中で起きていることがそのまま学校にも現れるのです。
「人間関係の衝突は必ず起こるものです」
という話を必ず保護者会で伝えています。
同じ教室で30人〜40人の人間が暮らしていれば、ぶつかったりすれ違ったりすることはは必ずあります。
「ウチのクラスにいじめはありません」なんて、僕には言えません。
僕が気づいていないだけで、苦しんでいる子はいるかもしれない。
もしかしたら、幸い、今は「いじめ」がないかもしれない。
けれど、明日は「いじめ」が起こるかもしれない。
そういうことをストレートにぶつけます。
一見仲のよいクラスに見えます。
けれど、人間関係で悩んでいる子は、必ずいます。
ただ、僕が気がつけていないだけなんです。
人間関係に悩んでいる子は必ずいますよ。
学校は「社会の縮図」ですから。
限界をちゃんと伝えて、助けてもらう
「人間関係のひずみ」は必ずあります。
そして、その「ひずみ」を放っておけば、必ず「いじめ」に発展します。
そして、その「人間関係のひずみ」のすべてに気がついてあげることは不可能です。
夫婦ですら、互いのことを20%しか理解していない。
そんな統計もあるそうです。
そこに「先生」の限界があるのです。
僕は自分の限界をはっきりお伝えしています。
学校の先生は100%を感じ取ることはできません。
たぶん、親も100%を感じ取ることはできません。
けれど、「先生」と「お父さんお母さん」が互いにアンテナを高くすれば、100%に近づけると思うのです。
ですから、きちんと僕らの限界を伝えたうえで、協力したもらう体制をつくっていくこと。
これが大切だと思います。
学校と家庭は、子育てのパートナーなんです。
いじめの種は、目に見える形では起きません。
最初は、空気感、言葉尻、視線、ニュアンス、微細なところに潜む悪意なんです。
いかにして「種」のうちにキャッチするか。
学校と家庭がアンテナを高くして、その「種」をキャッチすることが大切。
「いじめを把握していませんでした」という学校。
「学校にすべておまかせしているんです」という親。
どちらも無責任です。
小さな変化を見逃さない。
雑草は、小さなころは抜くのが面倒くさい。
で、ほっておく。
夏場なんて、ちょっと目を離していたら、雑草だらけになっている。
だから、目を離しちゃダメなんです。
大きく伸びたころには、土の中でも大きく根を張っているから、抜くのがとっても大変です。
だけど、「いじめ」は雑草と違って、いくらか抜いてあげると、もう生えようとしなくなるんです。
大人が手を抜かずにやっていると、子どもたち同士で抜きあってくれるんです
僕は、それを「学級経営」と呼んでいます。
「ハッピーな先生」になるためのステップ
「家庭」と「学校」が手をつなぐ