教室は失敗するところだよ♪

学校の先生 悩み

「無難にことを済ませよう」は恐れの仕事

毎日、メッセージをくださる先生がいます。

本当にありがとうございます。

そのメッセージを読みながら、思考を巡らせるのが毎朝の日課になっております。

メッセージのひとつをご紹介しますね。


 

自分は「魂で何て叫んでいるのかな」と考えた時、正直何も叫んでないなと思いました。

ひょっとしたら、怖いもの知らずで突っ走っていた20代の頃の方が今よりも何倍も熱く語っていたような気がします。

保護者の反応、同僚の反応、あるいはそんな反応あるとは思っていなかったから「自分のやっていることがすべて正しいと思っていた」から大胆に自分の思っていたことを、子どもに言葉や体当たりでぶつかっていたと思います。

 

それが、下手に経験を積むと頭の中で「無難にことを済ませよう」

そうすれば「保護者からも何も言われない」と思うように変わってきました。

 

何だろう、子どもから嫌われたくない、保護者から何も言われたくない、そう思うことで淡々と過ごしてきている自分に先生の記事を読み「ハッ」と気付かされました。

 

自分が6年生を担任していて女の子とうまくいかなかったとき、職場の同僚の先生に「先生、今まで自分が近づくと女の子が逃げてったり避けてったりしたことないですか?」と尋ねました。

「ないなぁ。別に自分が正しいと思っていることしてたら、別にそんなことされてもいいと思うし」と言われました。

 

その時「自分が思う正しさかぁ」とその通りだなと思いました。

下手に経験を積んできて、色んな反応をおそれて「自分の正しさ」を出せなかったり、「自分の正しさ」が合っているのかどうかも不安で子どもに言えなかったりしてきました。

「正しさ」

それが自分の魂?価値観?合っているかどうかわからないけど周りをおそれずに、とにかく言わなきゃ、語らなきゃと思い返しました。

周りを恐れず「これだ。」と思ったことを子どもに伝えられた言葉が全部、魂の言葉になると思います。

いいか悪いかは別にして初任の頃の「自分は教師だぞ」という強い思いが、薄れてきている今の自分に気付かされました。

 


 

メッセージをいただくこと。

これほどうれしいことはありません。

毎朝メルマガを配信しています。

心が折れそうになる日もありますが、こうやってメッセージをいただき、だれかのお役に立てていると思うだけで、書く勇気が湧いてきます。

本当にありがとうございます。

 

「恐れの仕事」と「愛の仕事」と

若いころは失敗ばかりしてきました。 

たくさんの失敗を重ねてきました。

お叱りのお電話をいただいたこと、たくさんあります。

 

なにせ全然先輩にも上司にも報告・連絡・相談しない人間でしたので。

「学校をつまらなくしているのは先生だ!」

そういう想いがあって、僕は先生になりました。

僕が先生を志した理由

 

あのころの僕は反骨精神の塊でした。

とにかく尖っていました…。

相談するだけ無駄だと、勝手にジャッジしていました。

 

学年主任になった今になってわかります。

僕の学年に「僕」がいたら、困ったな…。(笑)

 

とにかく自分で考える。

まず、目の前の子どもたちと向き合い、自分の頭で考える。

常識はずれ。

なんの経験もなかったですから。

本当に山ほど失敗してきました。

 

本当に、あのころの子どもたち&保護者には「ごめんなさい」しかありませんね。

 

ただ、必死でした。

「学校をおもしろくしてやろう!」

それしか頭にありませんでしたから。

そのころの僕は「教育者」なんて志はカケラもなく、とにかく「学校をおもしろく!」でした。

どうしたら学級がおもしろくなるか。

どうしたら授業がおもしろくなるか。

そんなことばかり考えていました。

 

勝手に調理実習をして叱られたり。

授業中に凧を作って、運動場で飛ばして叱られたり。

いろいろ試して、いろいろ失敗して、ときおり叱られたりあきれられたり…。

 

生徒「先生、全然気にしてないよね」

僕 「叱られたら謝ればいいんだから」

生徒「先生、謝ればいいと思ってるでしょ?」

僕「謝る前提で、始めれば、何にも恐れることはないぞ!」

 

そんなやりとりを子どもたちとしていたことを思い出しました。

 

力不足でした。

でもね、とても楽しい毎日でした。

周りの評価とか、僕には関係がありませんでした。

「目の前の子どもたちがハッピーならそれでいい」

僕はそう思ってきました。

 

そうやって、必死に目の前の子どもたちのハッピーを考えてきた日々が、自身の根っこをつくっていました。

その土台があって、今があります。

 

無難に無難に失敗しないように仕事をすること。

恐れながら仕事をすること。

それはね、苦しい苦しい「恐れの仕事」です。

 

「こうでなければならない」からスタートする仕事です。

 

「学校ではこうです」

「先生の仕事はこうです」

そういうのからスタートする仕事です。

 

一方、ワクワクする志事は「愛の志事」です。

「目の前の子どもたちをハッピーにすること」

そんな志を心のど真ん中に突き刺してみる。

 

そしたら、仕事志事に変わります。

失敗することも、山ほどあります。

でもね、魂で志事をしているときのクレームなんて、軽いお叱り程度です。

愛の志事は楽しいよ。

 

「教育者」と胸を張って言ってみる

僕には「教師だぞ」という思いは、今もカケラもありません。

 

ただ、胸を張って「教育者です!」と言える志事をしたいと考えています。

偉そうにする必要なんてないんです。

子どもを管理する必要なんでないんです。

 

子どもたちの育ちをサポートする。

子どもたちの学びをサポートする。

ただ、それだけ。

寄り添い、慈しみ、育てる。

ただそれだけの存在でありたいと思っています。

 

教師でも、教育学者でもなく、教育者でありたいと思うのです。

100人が100人、「良い」と言うものはありません。

世の中にある「本物」には、必ず賛否があります。

賛否があっていいのです。

だから、クレームもあっていいのです。

 

ところが、いろんな経験を積んでくると「恐れの仕事」をしてしまいますね。

クレームがこないように!

上司に叱られないように!

良い評価がもらえるように!

 

そういうときは、子どもの心が離れていきます。

そのことの方が何倍も苦しいです。

 

胸を張って教育者と名乗れる志事をしてみると、教室の見え方が変わります。

先生の在り方が変わります。

そういうことをこのブログでは毎日書いております。

だって、本当なんだもん。

 

 

ハッピーな子どもを育てる大人になるためのしつもん

あなたにとっての「愛の志事」は何ですか?

 

(「いいね」を押していただき「しつもん」の答えと一緒にシェアしていただけたら幸いです。)   

くればやし ひろあき

公立中学校で16年間3000人以上の子どもたちと出会ってきた思春期の子どもの専門家としてメルマガ配信。当初、学校の先生に向けて発信したが、先生たちには見向きもされず。なぜかお母さんたちの心を掴んでしまい、北は北海道から南は沖縄まで全国各地に呼ばれるようになる。個人セッションをスタートすると、お母さんたちで行列ができる。
気がつけば、幼保小のPTAや高校生、なぜかシルバー人材センターまで、いろんなところに呼ばれる講演家に。
「お母さんとお母さんをつなぐ」をコンセプトに『子育て万博』を主催。妻とともにお母さんコミュニティー『プレシャス』を主宰し、名古屋にてお母さんのための寺子屋『ラブリー』を開校。
また、STRインストラクターとして年間350名が入門講座を受講。その上位講座である門下生養成プログラムは全国16都道府県から参加し、3日で満員御礼となる。
365日、子育てからパートナーシップまで、人妻たちの悩みに寄り添う生活を続けている。
妻と3人の子どもの5人家族。1978年生まれ。出身地名古屋。