努力してない子なんていないんだよ
「ウチの子、全然がんばってないんです!
情けない!
親としては情けないですよ」
そんなふうに言われて
どんどん表情が曇っていく。
「先生、僕ね、がんばってるんだよ」
「うん、知ってるよ」
涙をためて語ってくれる。
「親の心、子知らず」と言うけれど。
「子の心」だってね、
親知らずなことは山ほどあるわけで。
努力したら報われる。
そう信じられています。
勉強したら、
成績は上がるものだ!
そう信じられています。
ところが、
物事はそうカンタンにはいきません。
努力したって報われないことなんて、
山ほどあるわけです。
「この子は努力が足りません」
「もっとやれば、きっと成績は伸びるんです」
そんなふうに言われて、
表情がどんどん曇っていく。
そんな場面に
たくさん出会ってきました。
なぜ努力したら報われるという幻想が生まれるのか。
おそらく、
それって逆なんじゃないの?
って思うわけです。
努力したから結果が出たわけじゃなくてさ、
結果が出たときだけ、
「努力したね」って認めてるからなんだよね。
努力しなくたって結果が出るときもあるんだよ。
そんなときも「よくがんばったね」ってなっちゃう。
一方、
努力したって結果が伴わないときもある。
で、そんなときも
「なにやってたの?」
「努力したの?」
ってなっちゃう。
結果が出なかったとき、
「努力が足りない」と評価してるわけね。
ところが、
子どもたちを見ていると
努力をしていない子なんていないんですよ。
もちろん、
その努力量ってのは
僕の努力量とは違うし
あなたの努力量とも違う。
それぞれ自分のペースってものがありますよ。
なんだってそうでしょ?
ところがどうして。
みんな『自分基準』で考えちゃうんだもん。
子どもの姿を見て
努力が足りないと思ってしまうんだな。
こうして、
結果が出たら「もっとがんばれ!」って。
結果が出なけりゃ努力不足だから
「もっともーっとがんばれ!」って。
子どもたちも苦しいし。
ホントはそういうやり方って、
大人にとっても苦しんんだよ。
だから、結果にフォーカスしないこと。
プロセスを大事にするのさ。
がんばってない子なんていないんだから。
子育てに迷ったときに出逢いたい100の言葉
結果が出なかったとき、どんな言葉でねぎらいますか?