思春期の子供が話をしてくれないときは…
授業参観に来ると驚かれることがある。
「あんなに自分の考えを堂々と話せる中学生はいない」と。
授業をする先生方からも、「くればやし先生のクラスは授業がやりやすい」と、よく言われる。
みんな積極的に発言してくれる、と。
「思春期の子どもが自分の考えを堂々と話す」
どうやらそれって、珍しいことみたいなんですね。
「話し手」なんか育ててないぞ!
それで、「どうやって指導しているのですか?」と、よく尋ねられる。
「発表の場面を増やすんですか?」
「話し合い活動の練習をさせた方がいいですか?」
なんて尋ねられる。
グループで活動させるんだけど、なかなかうまくいかない。
だから、先生たちは必死になって声を張り上げる。
「もっと積極的に発言しなさい!」とか言っちゃう。
「ちゃんと話をしないと評価を下げるよ」とか言っちゃう。
「そこっ!関係ない話をしない!」と言っちゃう。
でもね、僕は教室で声を張り上げることなんて一切ない。
僕は教室でぼ〜っとしている。
日向ぼっこしている間に、子どもたちが育っていく。
「教室に先生はいらない」
僕はそんなことを考えている。
先に言っとくけど、指導したら「よく話す」ようになるわけじゃない。
練習したら、話せるようになるわけじゃない。
まして、スピーチの練習とか、いらん!
これは、大事なことだから書いておこう。
僕は話し手なんか育てていない!
何度も書いてることだけど、僕は教えないし、指導もしない。
もうぶっちゃけて言うと、何もしない。
I am 給料泥棒。
すぐに育てようとしなさんな。
大事なのは聞き手だよ♪
なぜ積極的に発言できるのかって?
スゲースゲー簡単!
教室を安心安全な場にすればいい。
自分の考えを否定されない場にすればいい。
先生って、すぐ議論とか討論とかさせたがる。
ディベートとか好きだよね。
んで、声のデカいやつ、発言力のあるヤツだけが生き生きしてくる。
ホントわかってないよね、って思う。
子どもの気持ち、理解できる先生になろうよ。
逆だよ、逆。
議論とかさせない。
戦わないの。
場を作るのは教育者の役目でしょ。
そこに目を向けずに、子どもに何かが足りないと思っているから上手くいかない。
「どんな課題なら話し合い活動がスムーズに行くか」
「どんなグループ構成なら話し合い活動がスムーズに行くか」
先生たち、そんなことばかり話し合っている。
だから、教室は変わらないんだって。
子どもが堂々と発言できないのは、子どもの問題じゃないの。
それに気がつけないから、教室がつまらなくなる。
つまらなくしてるのは教師なのさ。
自分と異なる考えと出会うと、人は議論をしたくなる。
「その考え、間違ってるわ〜っ!」って言いたくなる。
んで、勝ち負けで思考がスタートする。
そうなると、教室は安心安全な場ではなくなる。
否定しない。
これが学級のグランドルール。
異なる意見と出会ったとき、「そういう考えもあるのか」「それもありだな」と受け止める。
引き分け思考。
「いいね」で受け止める。
すると、教室は安心安全な場に変わる。
教室にそういう文化を育てていく。
聞き手を育てるから話し手が育つのさ。
だから、ウチのクラスは堂々と話せる子が多いんじゃないんだよ。
温かく聴ける子が多いんだよ。
これは大人と子どもとの会話でも同じ
子どもが話したがらない?
そりゃ聴き手が育ってないんだわ。
子どもとつながる問いかけの魔法
温かな聴き手が話し手を育てるのです。