よき聴き手でありたい。
セオリーを崩すと、本質が見えてくる。
リーダーは愛される人がいい。
そんなことを書きました。
もう一つ、大切なことがあります。
教室で班をつくるでしょ?
んで、リーダーシップのある子を班に一人ぐらいずつ入れるわけです。
班長さんね。
ところがさ、うまく行かないの。
なんでかな〜って、よくよく観察するじゃない?
班長さんがね、精一杯リーダーシップを発揮するの。
「あ〜しなさい」
「こ〜しなさい」ってね。
でも、全然うまく回らない。
班長の切り盛りが悪いのか、それとも班員が協力しないのか。
そんなとき、先生は注意を与えるんだけど。
そういうのは、いらないんだよね。
子どもに注意する前に、お前の仕事を省みろ!って話なわけ。
でね、あるとき考え方を変えてみたんです。
一つのグループに班長さんを全員集めたの。
一つのグループには、おとなしい子をね、全員集めたの。
よ〜いドン!で作業を始めたら、どっちが作業のスピードが早いと思う?
おとなしい子を集めたグループなんだよね。
それぞれが役割を見つけて、上手に譲り合って作業を進めるわけ。
一方、リーダーシップがある(と思われてる)子たちを集めたグループ。
全然、まとまらないの。
互いの主張をぶつけ合って。
声がでかいタイプが集まるとこうなるよね、という典型。
互いに譲れないからね。
先生たちが気を遣って、わざわざグループを振り分けてきたでしょ。
おかげで彼らは、抜いた刀の納どころを知らない。
なるほどな〜って思った。
んでね、完成したものもおもしろいの。
おとなしい子たちのグループは、一つの作品として完成してるの。
互いを尊重し合えるから。
一方、声の大きいタイプの人たちはね、パッチワークなの。
自分の主張が譲れないからね。
そんな姿を見て、思ったんだよね。
結局、声の大きタイプってさ、聞いてくれる人がいるから成立するわけ。
大事なのは聞き手なんだよね。
聴くことが大事です。
昨日も指摘されました。
「くればやしさん、初対面の人、苦手ですよね」
僕も最近まで、そう思ってました。
スーパー人見知り。
でも、そうではないことに気がつきました。
僕は初対面の人に自分のことをベラベラ話すのが苦手です。
なんで、知らない人に自分のことを話さなきゃいけないの?という感じです。
だから、話さなきゃ!と思っている時代は、初対面の人と会うのが苦手でした。
でも、人の話を聴くのは好きです。
そう気がついた今は、初対面でもあまり苦になりません。
だから、けっこう初対面の起業家さん、経営者さん、著者さんなんかとも話ができます。
まあ、しつもんをするだけですけどね。
人の話を聴くのって、楽しいです。
で、さんざん聴いたあと、尋ねられたら僕も答えます。
じゃあ、僕が完全にしゃべらないときはどんなときかわかりますか?
そうです。
相手に対して、まったく興味がわかないときです。
自分と向き合えていない人の話ほどつまらないものはありません。
毒、吐いてもいいですか?
大して幸せそうじゃないのに、「私、すごく幸せなんです」とか。
すごく奪うエネルギーが強いのに「私、満たされてます」とか。
そういう人に限って、「聴いて聴いて光線」を放つんだけど。
そういう「ホントの気持ち」に蓋をした人の話を聴くのって苦痛なんです。
だから、一言もしゃべらず、しつもんもしなければ、(本気で興味がないんだな…)と思っていただけたら幸いです。
子どもとつながる問いかけの魔法
とにかく聴いてあげること。よき聴き手は愛されます。