教育は「箱」じゃなく「人」だよ。


できる先生ほど潰れていく

教育は「人」だと思っている。

「どんな教育をするか」ばかりに目が行きがちだけれど、大切なことは「だれが教育をするか」にかかっている。

 

 

これまでたくさんの先生方と出会ってきた。

カリキュラムがどうとか、学習指導要領がどうとか、そんなことばかり議論しているけれど、結局人間なんだよな…って思う。

 

 

人間として魅力的な先生は、あたたかい教室を作る。

これはもう、大学での教育がどうのこうのって問題ではない。

 

 

ところが、学校現場はこの「人間」という部分をあまり大切に扱ってこなかった。

がんばればがんばるほど忙しくなり、「できる先生」から潰れていく。

SNS上で「つながり」のある素敵な先生が、身体を壊し心を傷つけているトピックを目にするたびに悲しくなる。

 

 

そういう先生たちと、「何か」が始められたら超面白いのになっていつも考えている。

 

 

学校には周期がある。 

学校には「周期」のようなものが存在し、「荒れ」と「落ち着き」を繰り返す。

その状態をよくよく観察してみると、とても面白い。

 

 

学校が荒れているときは、先生たちに危機感という名の一体感が生まれる。

チームとしての結束が強まり、互いの心を支え合う。

子どもとの関係構築にエネルギーを注ぐ。

「できない自分」を自覚し、研鑽に努める。

 

 

ところが、学校が落ち着くと様相が変わる。

長くいる先生たちは「変わらないで行こう」とするし、新しく来た先生は「変えて行こう」とする。

少しずつ、「その学校での経験年数」で、ギクシャクした感じが生まれる。

学校が落ち着くと、「力づく」でも子どもをコントロールできるようになるため、関係構築に力を注がない先生が出てくる。

なんだか「生徒指導ができる気分」になり、研鑽に努めなくなる。

 

 

こうしてまた、少しずつ学校が荒れていく。

 

 

僕はそんな姿を目の当たりにしながら、結局人間だよな…と思った。

 

 

校長先生になりたかったけれど…

僕だって、初めは校長先生になって「理想の学校」を作りたいと思っていた。

だが、彼らに人事権はない。

与えられたコマで、学校というシステムを回すことしかできない。

そのうえ、不祥事が起きれば、校長はあたかも自分の責任のように謝罪する。

 

 

校外で起きた教員による事件で謝罪するなんて、俺には無理だなって思った。

そんなのやりたい仕事じゃない。

 

 

「校長ってフランチャイズの店長みたいなもんだな…」

 

そう思ったとき、「校長先生になりたい」という僕の夢は急速にしぼんでいくのを感じた。

若いころは「校長になって理想の学校を作りたい」と思っていたけれど、経験を重ねて「校長になっても理想の学校は作れないこと」を悟った。

 

 

たぶん、「理想の学校」を作れる管理職もいるだろうけれど、僕には無理だ。

たぶん、「できない先生」を潰す方に走ると思う。

パワハラだな。

セクハラはしないけど、パワハラはするだろうな。

 

 

仕事しないヤツとか問題を起こすヤツとか、いなくなってほしいもん。

だから、僕は絶対に校長先生になってはいけない人間だと思った。

 

 

授業が下手な先生とか、学級経営が雑な先生とか、校長室に呼びつけて指導をしてしまうだろう。

辛辣な言葉で退職に追い込むだろう。

 

 

ことが子どものこととなれば、僕はガッツリ攻撃的になる。

校長だろうが、教育委員会だろうが、僕は関係なく意見してきた。

アホみたいな校長には、「お前はアホか」と言ってしまうような人間だった。

 

 

あっ!もちろん若いころだよ。

今は分別のある大人なので、多少言葉は選びます♡

 

 

 

だから、校長先生にはなれないし、ならなくてよかったと思う。

 

 

学校は作れるけれど

「学校を作りたい」という記事を書くと、レスポンスが上がる。

たくさんの方からコメントをいただく。

 

 

僕は、学校で言うところの「先生」はいらないと思っている。

子どもから大人までいっしょに学べる場所を作ればいい。

 

 

学校は「託児的な能力」を備えている。

「昼間子どもを預かってくれる場所」という意味だ。

 

 

早い話、そこに大人がいれば、働くお父さんお母さんも安心して子どもを託すことができるだろう。

であるならば、そこに身元のはっきりした大人たちがいてくれれば問題がないはずだ。

 

 

だれが生徒か先生かわからない「メダカの学校」のような箱を作ればいい。

お年寄りの憩いの場のようでもあり、学校や幼稚園のようでもあり、シェアオフィスのようでもあり。

老若男女が集う場になれば最高だ。

 

 

 

スタッフ的な役割は、「お母さん」にやってもらえるといい。

生徒といっしょに登校し、生徒といっしょに下校すればいい。

超働き方改革だよな。

 

 

無駄な会議は一切やらない。

そういうものはチャットワークを駆使する。

zoomを使う。

『子育て万博2018inあいち』は、その形で進めている。

 

 

 

勤務時間は子どもといる時間帯だけになる。

それなら、バリバリ働けるお母さんがきっといるはずだ。

 

 

あとはどんどんゲストティーチャーを呼ぶ。

前川さんを呼んだって文部科学省から問い合わせを受けることはない(笑)

すべてこちらの裁量でできる。

 

 

僕が学校を作る最大のポイントは進路指導だと思う。

進路指導は、この国では「進学指導」とも言える。

そのあたりの知識は、おそらく学習塾やフリスクールの方々とは比べものにならない。

 

 

日本では進路指導主事を2度経験し、5度の中3を担任した。

また、海外では日本全国で行われる高校受験に対応してきた。

 

 

「結局、そのフリースクールを出たあと、どうなるの?」って不安が、親にはあると思う。

その不安に対する答えを僕は提案することもできる。

 

 

 

心のエンジンに火を着ける

と、まあ「できない理由」は見当たらないのだけれど、今それをすごくやりたいか?と尋ねられるとそうでもない。

 

 

 

「9月1日は子どもの自殺が多い」というニュースを見て、思い立った映画上映ツアー。

「児童虐待」のニュースを目にしてスタートした『子どもとつながるしつもんカレンダー』と『子育て万博2018inあいち』。

 

 

やる必然性?

心に火を着ける着火剤のようなものがない。

 

 

やる気になったら一気にやってしまうんだろうけど、やる気になる何かが決定的に足りない。

ワクワクしていない自分がいる。

 

 

「学校」を作るとなったら、全エネルギーをそこに注ぐことになる。

「始める」と決めたならば、簡単に辞めるわけにはいかない。

子どもたちが通う場所だから、一生続けていく覚悟が必要だ。

 

 

僕が一人でそういう学校を作っているイメージがまったく湧かない…。

やはり、これもプロジェクトチームを作ってみるかな。

 

 

魔法の質問

 あなたが本当にやりたいことは何ですか?

 

くればやし ひろあき

公立中の先生を16年間勤めて独立。おもに生徒指導に携わってきた思春期の子どもの専門家。その経験を生かし、受講者500人超のワークショップ『子どもとつながる問いかけの魔法塾』を全国で開催。この夏クラウドファンディングを成功させ県内8会場映画上映ツアーを敢行。お母さんのための学校『passion life college』を妻とともに主宰。3児の父でもある。