子どもの「こっち見て行動」が教えてくれること。

こっち見て行動

 

お母さんがお友だちと話していると、それを遮る子がいます。

お母さんの口を押さえたりします。

わざと、大きな声を出したり音を出したりします。

 

 

その子が伝えたいことはただひとつ。

「私を見て」です。

この「こっち見て行動」について、今日はまとめたいと思います。

 

 

人間は社会的存在です。

暴走族の少年たちのお話です。

彼らに「サーキットを解放してあげるから、思いっきり走ってみない?」と提案したのだそうです。

すると、彼らはこう答えました。

 

「観客がいるなら走りたい」と。

 

 

なぜ彼らが住宅街を走り回るのか。

なぜ暴走族はお祭りが好きなのか。

 

 

答えは明白です。

非行カウンセラーの伊藤幸弘さんはおっしゃいます。

 

「暴走族の若者はみんなさみしがり屋なのです。

例外は一人もいません。

みんな愛に飢えているのです」

 

 

人間は社会的存在です。

社会的に存在しないということは、存在しないことと同義なのです。

人間は人間関係の中でしか存在できないのです。

 

 

サルの世界もボスザルを頂点とした力の優劣のある社会です。

サルの社会でも、ルールを守らないと罰せられます。

暴力であったり、餌を取り上げられたりするのだそうです。

 

 

その中で最も重い罰が、集団による無視なのだとか。

こうなると、例外なくサルは死んでしまうのだそうです。

 

 

孤立は死を招きます。

人間は人間関係の中で生きる、社会的存在です。

人との「つながり」が途切れたとき、私たちはその存在価値を失ってしまうのです。

 

 

ですから、暴走族の若者たちの行動は、たとえそれが屈折していたとしても、社会とのつながりを作るための行動であるとわかります。

 

 

子どもの行動が教えてくれること

さて、幼児期の子どもたちが見せる「こっち見て行動」も同じです。

お母さんや幼稚園の先生、保育士さんの注意を引こうとします。

一番嫌がることをわざとします。

大きな声を出します。

暴れます。

 

 

それはなぜでしょうか。

答えは明白です。

 

 

そうしなければ、こちらを向いてくれないからです。

やっていることは暴走族の若者と変わりません。

 

 

子どもたちも暴走族の若者も、振り向いてもらうために「こっち見て行動」を取ります。

その行動は、可愛げのない行動です。

ですから、お母さんは簡単には可愛がることができません。

 

 

 

子どもは「可愛げのない行動」を取りながらも、お母さんの顔色を伺います。

その瞳は「お母さんが自分を見てくれること」を期待しています。

そして、お母さんがこちらを見てくれないと知ると、悲しい表情に変わります。

 

 

僕はその姿を見て、ぎゅっと胸を締め付けられます。

 

 

 

そんな子どもを「しつけ」と称して叱り、言葉で制し、たしなめます。

でも、子どもはわかってなどくれません。

わかりたくもないのです。

 

 

発達には順序があります。

土台を作らずに柱を立てる大工はいません。

柱もないまま、屋根を載せようとはしません。

 

 

それなのに、人間は「子育て」において基礎工事をせぬまま、外壁工事から始めてしまうところがあります。

家も人間も同じです。

「基礎」が大事なのです。

 

 

人間としての基礎

人生は上り坂、下り坂、そして「まさか」の連続です。

荒波に揉まれ、風雨に煽られることもあるでしょう。

それでも倒れないのは、しっかりとした人間としての基礎があるからです。

 

 

では、人間としての基礎とは何でしょうか?

それは、一人の人との「揺るぎない信頼関係」を築いた経験です。

この場合の一人の人とは母親です。

 

 

「揺るぎない信頼関係」を築く方法は、乳児期に望んだように愛された経験をしておくことです。

望むことを十分にしてもらうと、子どもは自分のことを信じることができるようになります。

 

 

前述のように、人間は社会的存在です。

この乳児期の愛された経験が、その子が自身の「社会的存在」として価値を体感することにつながるわけです。

 

 

何度も書きますが、人間の成長には順序はあります。

子どものころにこの経験をしてこなかった若者は、思春期以降に自分が望むような愛され方をしようとします。

育ち直そうとするのですね。

 

 

そして、それらは暴力を用いて相手に言うことを聞かせようとしたり、ストーカー行為などのように、一方通行の愛情表現をしようとしたりするのです。

「人間としての基礎」が欠けた場合、愛情表現もまた欠けたものになってしまうのは仕方のないことなのかもしれません。

 

 

「しつけ」のしやすい子

幼児期に見せる「こっち見て行動」は、子どもからのアラート音です。 

人間として生きていく上で大切な「基礎工事」が終わっていませんよ、という合図です。

 

 

本来、子供が望むように愛してあげる時期に、自分が望むことをさせようとする親が増えました。 

何度も申し上げます。

子育てには「順序」があります。

 

 

人間としての基礎工事が終わっている子どもには、基本的信頼が育っています。

基本的信頼が育っていると、自分の衝動をコントロールしやすい基盤があります。

 

 

ですから、しつけがしやすくなります。

言葉が届きやすくなるのですね。

基本的信頼がないまま、しつけをしようとし、親が望むようにコントロールすることが先にあってはならないのです。

 

【参考文献】
 佐々木正美
『子どもの心が見える本』
(子育て協会)

 

 

くればやし ひろあき

1978年生まれ 名古屋市出身
名古屋市立の中学校と上海日本人学校にて、合計16年間生徒指導に携わってきた人間関係づくりの専門家。
独立後、社会起業家としてクラウドファンディングを行い、愛知県内8会場で映画上映会を主催。『子育て万博 』をプロデュースしてテーマソングCD『ありがとう』や『子どもとつながるしつもんカレンダー』を製作・販売。
全国でセミナーを開催し、年間100家族以上を家族診断。企業コンサルティング及び企業研修を行う。2020年コロナ禍の中、業績を伸ばし続けたことを機に、株式会社ミナクル組織研究所をスタート アップした。