人は自分の見てきたものの範囲でしか考えることができない
見てきた世界でしか、人は考えることができない
とあるお酒の席でお話していたこと。
ある先生が呂律の回らない口調で話しかけてきました。
その先生が勤務されている学校は、生徒指導の大変な学校でした。
「先生さ、今、何校目だい?」
「えっと4校目です」
「そうか、俺は6校目なんだけどさ。こんな学校もあるんだなって初めて知ったよ」
「大変ですか?」
「何千校って学校はあるじゃない?定年まで教員やっても、せいぜい10校も行けないじゃない」
「そうですね」
「俺たちは、自分が見てきたものでしか、物を考えられないんだよな。
せいぜい10校程度の経験で教育を語るなんて傲慢だよな」
「そうですね」
「俺の経験だけじゃ、この学校を受け止めるのは大変だよ。」
僕よりも大先輩の、それも生徒指導で生きてきた先生の言葉でした。
僕らは、自分で見てきたもの、聴いてきたもの、経験してきたもの、でしか考えることはできません。
「当たり前」は、あなたにとっての「当たり前」でしかない
「これってこういうものでしょ?常識でしょ?」
と思っていたものが、意外と「当たり前」ではないということもあります。
自分の経験なんて、所詮「何千校もあるうちの数校の経験」でしかありません。
そのことに気が付けると、先生であることに謙虚になれます。
他の先生の言葉に素直に耳を傾けることができるようになります。
中堅と呼ばれるようになった今、傲慢にならぬよう自分を戒めるために書きました。
「わたし」の当たり前は、「だれか」の当たり前ではないかもしれない。
そう考えると、謙虚でいられます。
ハッピーな先生になるためのステップ
人間は、自分が見てきたものの範囲でしか考えることができないことを知る。